ルツ記 第1回

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序・ルツ記の基礎知識

士師記に続く旧約聖書第8巻はルツ記です。全4章という短い物語ですが、クリスチャンでこれを好きな人は多いです。


タイトルと位置づけ

ルツ記は、ヘブライ語底本では「ルツの巻物」というタイトルで置かれています。

「ルツ」というのは人名なのですが、このルツという人物の名を冠した書物が聖書の中に入っているというのは、どうにも異例なことと思います。
聖書の中には「ヨシュア記」のように人名を冠しているものがいくつもあります。しかしそのほとんどは男性。女性であるルツの名で呼ばれる書が聖書に入っているというのがまず異例です。
とはいっても、女性の名を冠したものとしては他にエステル記があります。しかしルツ記がさらに異例だというのは、この人物が異邦人つまり非イスラエル人だという点です。エステル記の主人公エステルはイスラエル人ですが、ルツはモアブ人なのです。
モアブ人については後述しますが、モアブ人の女性の名前を冠した書が聖書に入っているというのは、異例すぎるほど異例なことなのです。

しかしその内容は、聖書に収められるにふさわしいものだといえます。
実はルツ記には、神は登場しません。人々の会話の中などには「主【ヤハウェ】」という名前が出てきますが、神であるヤハウェが何事かをしたという記録はないのです。ですが登場人物たちは、神ヤハウェに信頼し、ヤハウェにゆだねて生活しています。創世記から士師記までが「神ヤハウェが何をしたか」の書であるとするなら、ルツ記は「ヤハウェを神とする人々がどのように生きていたか」の書であると言えます。
ルツ記がヘブライ語底本つまりユダヤ教の聖書では「諸文書」というカテゴリの5番目に、雅歌と哀歌の間に配置されているのも、このルツ記の文学的な価値を認められてのことなのだろうと思います。
(これはルツ記が創作された物語だという意味ではありません。本誌は、聖書に書かれていることが事実であるという立場をとっています。)

そのルツ記、私たちが目にするキリスト教の旧約聖書では、ヨシュア記、士師記のあと、サムエル記、列王記、歴代誌の各上下巻の前に配置されています。ユダヤ教の聖書のギリシャ語訳(いわゆる七十人訳)の配列にならったものですが、これはルツ記を歴史書と見たものでしょう。実際にルツ記の冒頭は[士師が世を治めていたころ]とありますから、士師記に並べられたのも妥当なことと思います。ルツ記は士師記の別冊のようなものとする考え方もあるようです。


歴史的背景と著者

前述のとおり、ルツ記は冒頭に[士師が世を治めていたころ]とあり、その時代は士師記のどこかに重なるということになります。
ルツ記の最後はダビデ王の家系図で終わっているのですが、ルツはダビデの曾祖母にあたるのです。そういう時代背景からも、士師記のあと、ダビデが登場するサムエル記の前に置かれているのは読者に便利ですね。

ちなみに、日本語(新共同訳)聖書ではルツ記は「ダビデが生まれた。」で終わっていますが、ヘブライ語聖書では最後の単語が「ダビデ」となっています。文法上の語順による「たまたま」なのかもしれませんが、「ダビデ」という言葉でルツ記を終わらせることに記録者が何らかの意味をこめたのではないかとも思わせるものです。

ダビデの名前が出てくるということは、ルツ記が少なくとも現在のかたちにまとまったのはダビデ王の時代以後ということになります。のちのイスラエル王国が南北に分割され、さらに大国に征服され強制移住させられたいわゆる「捕囚時代」に書かれたものとする説もありますが、タルムードによると、ルツ記は士師記とともにサムエル(最後の士師とも最初の預言者と呼ばれる)が著者であると伝えられているそうです。


キーワード1:レビラト婚について

ルツ記を読むために知っておきたいことのの一つに、文化人類学の用語でいうレビラト婚という風習があります。
簡単に言うと、死んだ夫の代わりに、その夫の兄弟が結婚する習慣で、日本語では嫂婚(そうこん。「嫂」は「兄嫁」の意味)といいます。

聖書ではたとえば創世記38章で、タマルという女性が最初はユダ族の祖ユダの長男であるエルに嫁いだものの、子ができる前にエルが死んだため、エルの弟のオナンがタマルと結婚して兄のために子を得ることになりました。(*1)
新約聖書でも、レビラト婚の習慣を前提に宗教指導者がイエスに論争を挑む場面があります(*2)。
現在レビラト婚が知られるのは、文化人類学に興味関心がある人以外では、少なくともキリスト教圏ではこれら聖書の伝えることによるものだろうと思います。

ただ、ユダヤあるいは中東に独特な習慣かというとそうでもありません。レビラート婚、レヴィレート婚など、日本語表記も定まっていないくらい日本人にはなじみのうすい風習ですが、wikipediaの「レビレト婚」の項目によると「ユダヤ、パンジャブ、モンゴル族、匈奴、チベット民族などで一般的。兄弟が寡婦の権利・義務を受け継ぐ場合も含めると、世界中に広くみられる。」とのことです。

また、中央ユーラシア史の専門家である林俊雄氏は「匈奴のように普段から戦闘の多い社会では、当然のことながら寡婦が発生しやすい。(中略)この風習は寡婦対策の現れと見ることができよう」と分析しています(*3)。
戦闘状態が常態であるような社会というものは、戦力ということでやはり男性優位となり、女性とくに寡婦が独力で生きていくのは難しいものになっただろうとは想像できます。戦闘の多発に加えてそもそも環境が厳しい土地では、レビラト婚というのは寡婦のための福祉制度であるとも言えそうです。

ルツ記を読むにあたって、このレビラト婚という習慣のことを知っていると内容がわかりやすいという場面がありますので、頭の片隅にでもとどめておいていただければと思います。


キーワード2:モアブ族について

ルツ記の主人公ルツはモアブ人だと書きました。
モアブは地名としては、イスラエルから見るとヨルダン川や死海の東側にある高原地帯です。創世記にはロト(アブラハムの甥)と娘とのあいだに生まれた息子モアブからモアブ人が出たとされていますので(*4)、「モアブという土地に住むからモアブ人」というより「モアブ人が住むからモアブという地名」ですね。

このモアブ人、イスラエルとは因縁あさからぬところがあります。
モアブがロトの子孫ということは、アブラハムの子孫であるイスラエルとは血縁関係ということになります。それでイスラエルがエジプトから出てきたとき、ヤハウェは、ロトの子孫の地モアブを迂回するように命じました。(*5)
しかしモアブ王バラクはイスラエルに敵対し、占い師バラムにイスラエルを呪わせようとしたり、モアブの女たちによってイスラエルの男どもを誘惑しヤハウェから離れさせようとしました(*6)。これによりヤハウェは、異邦人でも手続きを踏めばイスラエルに加われるという定めをつくる一方で、モアブ人はイスラエルに寄留して十代目となったとしても「ヤハウェの会衆」に加わることはできないとしました。(*7)

ただ、そのあとイスラエルとモアブとは敵対関係のみかというと、そうでもありません。両国間には戦争があったり支配関係があったりもしますが、人の行き来も盛んでした。ダビデの配下の勇士やソロモンの妻たちの中にもモアブ人の名があります。(*8) 人々の交流はあるものの、場合によっては戦いを避けられないときもあった、という感じのようです。

ルツ記の時代は両民族の関係は安定していたようですので、士師の時代とはいっても少なくとも「左利きの士師エフド」がモアブ人と戦った時期(*9)ではなかったと言えるでしょう。


おまけ:英語でルツは…

英語ではルツは Ruth と書き、現在でも女性につけられる名前です。
日本でも本田路津子【ほんだるつこ】さんという、NHK紅白歌合戦にも出たことのある歌手がいらっしゃいますが、彼女の名前もルツ記の主人公ルツからとられたとか。

このRuth、発音としてはルース。そう、米球界のかつてのホームラン王ベーブ・ルースのファミリーネームでもあるのです。
ただ、ルツ記を読んでいる間は、ベーブ・ルースのことはあまり思い出さないほうがいいですね。伝説的アスリートであると同時に放蕩者の印象もあるベーブ・ルースと、聖書イチの孝行娘ルツでは、イメージがちょっと。。。


*1 タマルをめぐる人間関係については、創世記38章を参照。なお、タマルはキリストであるイエスの系図にも名前が出てきます。(マタイ福音書1章3)

*2 マタイ福音書22章23以下。

*3 講談社「興亡の世界史 第02巻 スキタイと匈奴 遊牧の文明」p225より引用。

*4 創世記19章30~を参照。

*5 申命記2章9を参照。

*6 民数記22~24章を参照。

*7 申命記23章4を参照。

*8 ダビデの三十勇士の中に「モアブ人イトマ」の名があります(歴代誌一11章46)。ソロモン王の妻の中にモアブ人がいたことについては、列王記一11章。

*9 左利きのエフドについては士師記3章12~を参照。

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#180
作成:2009年4月23日

布忠.com