士師記 第14回

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剛力のサムソン(3)

ガザの遊女(16章1~3)

サムソンがイスラエルの士師であった20年間というのは、ペリシテにとってみれば、サムソンが邪魔でしかたなかった20年間ということです。おそらくこの間、サムソンとペリシテとのあいだで争いが度々あったでしょうが、聖書には一つだけ記録があります。

現在のイスラエルのガザ地区は当時からガザという地名で、ペリシテの五大都市のひとつでしたが、サムソンはそこに行って、とある遊女の客となりました。(*1)
これはペリシテにとってみれば千載一遇。ガザの人々は町の城壁の門で待ち伏せ「夜明けまで待って、彼を殺してしまおう」と待機することにしました。さすがのサムソンといえども男である以上は、コトのあとであれば心身とも弛緩があるだろうと考えたのでしょう。

ペリシテ人が、サムソンが女のところから帰るのは夜明けであると決め付けて待ち伏せているのは、別に日本の「後朝【きぬぎぬ】の別れ」のような文化があったわけではありません。この時代の町は城壁で囲まれ、その門は夜間は閉鎖されるので、サムソンが夜中に帰ろうと思っても門が閉鎖されていて帰れないのです。(*2)
いえ、帰れないはずだったのですが、サムソンは夜中に起きると、町の門を破壊して帰ってしまいました。門扉とその両脇の門柱をつかんで、かんぬきもろもと引き抜いて[ヘブロンを望む山の上](*3)まで担いでいってしまいました。

サムソンとデリラ(16章4~21)

ガザの城壁がどのくらいのものだったかはわかりません。エリコの城壁ほどではないにしろ、それでもちゃちなものではないでしょう。そんなものを担いでいれば両手がふさがって、待ち伏せていたガザの人々は襲い掛かるチャンスだったはずなのに、戦った記録はありません。サムソンのデモンストレーションに「これはかなわない」と腰を抜かしてしまったようです。
ペリシテ人は、ティムナの女の件でもサムソンと正面から戦うことを避けましたが、このあとは策略でサムソンを落とそうとし始めます。折りよくというべきか、サムソンがデリラという女を愛するようになったので、ペリシテの領主たちはデリラに莫大な報酬を約束して、サムソンの怪力のなぞを探らせたのです。

明記されてはいませんが、このデリラはペリシテ人なのでしょう。その名前の意味は「思わせぶりをする」ですから、それまでにも数々の男たちを手玉に取ってきたのかもしれません。そんな女が、すでに自分に首ったけになっている、しかも「敵には強いが女にはからっきし」なサムソンを篭絡するくらい、カンタンな話です。
枕を並べているときでももちかけたのでしょう、「あなたってすごいのねぇ。その怪力はちょっと普通じゃないわよ。ねぇ、何か秘密があるんでしょ?教えてよ。あたしがあなたを縛り上げて苦しめてみようと思ったら、どうしたらいいの?」(*4)と。

サムソンもティムナの女の件でこりていたのか、始めのうちはとぼけて「新しい弓のつる七本で縛れば、並の人間のようになってしまう」とか、「まだ一度も使ったことのない新しい縄で縛れば」などとごまかします。そのたびデリラは、ペリシテ人をひそませておいて、サムソンが明かしたとおりにやってみた上で、ペリシテ人をひそませておいて「サムソン、ペリシテ人があたなに!」と脅かすと、サムソンは弓づるも新しい縄もあっさりちぎってしまいました。

でもサムソン、問い詰めるより先にデリラから「嘘つき!」と言われてはもう何も言えません。そしてとうとう秘密を明かしかけてしまいます。「髪の毛を7ふさ、はたおり機に織り込んでしまえばいいんだ」と。
怪力は「ナジル人サムソン」にヤハウェが与えたもの。そして、生まれてから一度も切っていない髪こそ、サムソンがナジル人であるしるしです。

おそらくサムソンは、「髪の毛を」とまで言ったところで思いとどまったのでしょう。しかしデリラにしてみれば、確かにサムソンの頭髪の長さは異様です。言われてみればそこに秘密が隠されているようでもあり、しかもはたおり機に織り込むのに十分な長さ。デリラはさっそく、サムソンが寝ている間に実行しました。
古事記にある、オオクニヌシノミコトがスセリビメと駆け落ちしようとして、姫の父スサノオノミコトの髪を家の柱にしばりつけた話しを思い出させるものがあります。スサノオが髪をほどくのに時間がかかっている間に、オオクニヌシたちが逃げおおせた物語です。しかしサムソンの場合は、時間がかかるどころか一瞬でした。デリラから「ペリシテ人が!」と言われたとたんに、なんとはたおり機を、床にとめていた釘ごと引き抜いてしまったのです。

さすがのサムソンもこれで目がさめると思いたいところですが、デリラほどの女を相手にするにはサムソン君はスレてなさすぎというか、ウブというか、経験値が違いすぎました。
デリラが来る日も来る日も「また騙したのね?わかったわよ、あなたは私には心をゆるしてなんかいない。でもこれでどうして私があなたを愛しているなんて言えると思う?もう3回目よ!あなたは私をバカにしたのよ!どうせ力の秘密を教える気なんて最初からなかったんでしょ!」(*4)と言うものだから、ついにサムソン君は[それに耐えきれず死にそうになり、ついに心の中を一切打ち明け]てしまったのです。
自分がナジル人として神にささげられていて、だから頭にかみそりを当てたことがないのだということを。もしナジル人のしるしであるこの髪をそられたら、自分はもはやナジル人ではなくなって神から与えられた力を失い、並の人間のようになってしまうのだということを。

これを聞いたデリラは、サムソンがついに真実を打ち明けたことを見抜きました。そこでペリシテの領主たちを呼ぶ一方、サムソンを膝枕に眠らせると、彼の髪を七房そり落としたのです。
神から与えられた怪力は去りました。デリラの「ペリシテ人があなたに」との声に目を覚ましたサムソンは、「いつものように出て行って暴れて来る」と言いましたが、ペリシテ人はたやすく彼を捕らえ、目をえぐり出しました(*5)。そしてガザに引っ張っていくと、足かせをはめて奴隷労働をさせたのです。


剛力招来!超力招来!(16章22~31)

ペリシテがすぐにはサムソンを殺さなかったのは、なぶりものにして溜飲をさげようとしてのことでしょう。サムソンに勝ったことで、ペリシテ人は彼らの神ダゴンに盛大ないけにえをささげて喜び祝ったと記録されています。これは、ペリシテがイスラエルに勝ったということが、ペリシテの神がイスラエルの神に勝ったということにもなるからです。そう、イスラエルの士師が始めて敵の前に敗れ去ったのです。

いえ、敗れはしましたが、敗れ去ってはいませんでした。話はまだ終わっていなかったのです。

誰一人、ペリシテ人はもちろんのことおそらくサムソン自身も意識していませんでしたが、ペリシテ人が浮かれ騒いでいる数日の間にも、当然ですがサムソンの髪は伸びていました。
もちろん髪というのはそう急速に伸びるものではありませんし、ある程度以上伸びてしまったらペリシテ人も「やばいんじゃないか?」と思ったことでしょう。しかしサムソンの怪力の秘密は髪によって表される誓願にあったのであって、長い髪そのものに不思議なパワーがあったりしたわけではありません。
しかも、ナジル人の誓願は、途中で誓いを破ってしまった場合には髪をそってやりなおしをすることができるのです(*6)。髪をそられたサムソンは「ナジル人やりなおし」の状態にあり、その状態で髪がわずかでも伸び始めていたことで、ヤハウェとの関係も「髪を奪われる前の状態」に戻っていたのです。

そして、ペリシテ人がサムソンを見世物にしようと引き出した日のことです。ペリシテ人はサムソンを、建物を支える柱の間に立たせました。この建物の中は領主たちを含めた人々でいっぱいで、屋上だけでも3千人がいたと記録されています。その時サムソンは[わたしの神なる主よ。わたしを思い起こしてください。神よ、今一度だけわたしに力を与え、ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせてください。]と祈り、そして[わたしの命はペリシテ人と共に絶えればよい]と言うとともに、二本の柱を両手で突き崩したのです。
建物はサムソンと、領主たちを含めペリシテ人たちとの上に崩れ落ちました。この時にサムソンが殺した者は、彼が生きている間に殺した者より多かったと記録されています。

サムソンのなきがらは身内の手によって運び出され、葬られました。
ペリシテ人はこのあともイスラエルの歴史に関わり続けますが、邪魔なサムソンが死んだからといってすぐにイスラエル圧迫の手を強くしたという記録はありません。サムソンとともに領主たちも死んだため、国内の建て直しに時間を要したのでしょう。だとするとヤハウェは、「わたしの二つの目の復讐」というサムソンの私怨・私憤によるような行動さえも、悔い改めたイスラエルを守るために益に変えたということなのかもしれません。

それにしても気になるのは、莫大な報酬を手にしたデリラ。サムソンを捕縛させたあとの彼女の消息は、ようとして知れません。


*1 身を清く保たなければいけないナジル人が、遊女を買ったりしていいのでしょうか。聖書では、たとえばサムエル記一21章5-6で、女を遠ざけていることと身を清く保つことが同列に論じられています。
ところが、民数記6章にあるナジル人についての規定の中に、性行為を制限する条項はないのです。実際のナジル人がどのようなものであったのかわからないのですが、民数記6章の規定だけを考えるなら、ナジル人は「日常の生活をしつつ」死体に触れないとか禁酒とかの特別な禁忌を負う者です。それが既婚者なら、「生めよふえよ」というヤハウェの言葉もあることですから、夫婦の交わりも普通に祝福されるものだったでしょう。
それにしても遊女を買うのはイスラエル人として「姦淫するなかれ」という十戒の規定に反するようにも思うのですが。よくわかりません。

*2 ヨシュアがエリコを攻略しようと送り込んだ斥候も、エリコの町の門が閉ざされたので、城壁の窓からつたい降りて帰還しています。→ヨシュア記2章

*3 ガザからヘブロンまでは60km以上。時速5kmで歩いても12時間かかりますから「ヘブロンに面した山」はヘブロンから距離があるかもしません。それでも、ヘブロン自体が標高927mあり、周囲には1000m級の山もあります。そこを城壁の門をかついで登ったりすれば、ペリシテ人はド肝を抜かれたことでしょう。

*4 デリラの言葉は、新共同訳の記述をもとに脚色したものです。でもきっとこういう感じだったのではないでしょうか。

*5 この場面をレンブラントは、1636年の作品「ペリシテ人に目をつぶされるサムソン」に描いています。人物や兵装などはいかにもヨーロッパ的ではあるのですが、レンブラント得意の陰影の使い方もあって劇的な情景です。

*6 民数記6章9-12の規定では、ナジル人の誓願をやり直すに当たって祭司のもとに山鳩をいけにえとして奉納するなどの手続きが定められています。サムソンは山鳩の代わりに自分をいけにえとしてささげたということなのでしょう。

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#175
作成:2008年9月19日

布忠.com