士師記 第12回

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剛力のサムソン(1)

12人目の士師は、士師の中でおそらくもっとも有名な男、剛力のサムソンです。

聖書が伝える彼の生涯は、良くも悪くもなかなかにドラマチックで、画家レンブラントや詩人ミルトンが題材としています。何度か映画にもなり、デミル監督による「サムソンとデリラ」は第23回アカデミー賞(美術賞、衣装デザイン賞)を受賞。音楽ではヘンデルがオラトリオを作曲していますし、サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」は日本の吹奏楽コンクールでもよく選択される曲です。

ナジル人として(13章1~24)

サムソンの記録は、[イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行ったので、主は彼らを四十年間、ペリシテ人の手に渡された。]で始まります。
その頃(*1)、イスラエルのダン族にマノアという男がいました。ダン族はイスラエルの南部で地中海に面する土地を割り当てられていましたが、これはペリシテ人に一番近いところにいたというこですから、被害も大きかったことでしょう。(*2)

さて、マノアと妻の間には子がありませんでしたが、その妻のもとに天使がある日あらわれて、彼女が身ごもって男の子を産むと告げたのです。
天使はさらに、その子は[胎内にいるときから、ナジル人として神にささげられている]と宣言しました。そして、妊娠期間中は酒やけがれたものを一切口にしないようにと命じ、さらに生まれてくる子の髪にカミソリを当てることも禁じて、[彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう。]と言ったのです。
ナジル人というのは特別の誓願を立てた人のことで、誓いの期間(終身の場合もある)は身を清く保たなければなりません。(*3)

もちろん彼女は、このグッドニュースを夫マノアに告げました。そしてマノアが「私もその方にあって、育て方を直接聞きたい」と神に祈り求めると、あの天使がマノアにも現れたのです。

この一連の記録で、興味深いところがいくつかあります。
第一は、マノアも妻もこの神からの使者を天使ではなく人間だと思ったという点です。妻は天使を「神の人」(神に仕え、神の働きをする人、預言者やモーセなど、人間を指して使われる言葉)と呼んだ上、「姿は神の御使いのよう」だったと言っています。マノアについても[その人が主の御使いであることを知らなかった。]と記録されています。(*4)
第二は、生まれてくる子がイスラエルを救うということが忘れられてしまったかのようだという点です。妻は天使の言葉を夫に伝えるときに、その子の使命のことは省略しています。

要するに彼女は、天使がヤハウェから遣わされてきたのではなく、預言者つまり人間が、子供を望んでいた自分への神からの恵みを伝えにきたと思ったようです。それで、その子をどう育てればよいかの指示だけは必死で理解した、というところでしょうか。
聖書に出てくる人間にしては信仰がないものだ、というのは簡単なのですが、聖書は偉人伝ではなく、そこに出てくるのは生身の人間です。それに現代と違って、不妊の原因が男性の側にもありえることが知られていなかった時代です。しかもイスラエルでは、お家の跡継ぎというのは財産だけでなく全能の神との契約を受け継ぐ者なのです。聖書では子供をなかなか授からなかった女性が何人も出てきますが、「子がなかった」というだけでどれだけ苦しんでいたかが伝わるくらいなのです。
日本でも「嫁して三年子なきは去れ」(結婚して3年経っても子供を生まないような嫁は出て行け)などということが言われていましたが、それと同様、いえそれ以上に、聖書の中の人たちにとって深刻な問題だったことでしょう。

それにしても。天使が再び現れたとき、妻に命じたのと同様に夫にも育て方を命じたのですが、このとき天使も「その子がイスラエルを救う」ということを省略しているのです。この天使は「不思議」と名乗っていますが、その名前と同じくらい不思議です。

やがて生まれた男児はサムソンと名づけられました。その意味は「太陽の人」と言われています。
もちろん赤ん坊が戦うわけではありません。彼がペリシテと戦うには彼の成長を待たなければならず、それまでイスラエルの苦難はまだ続くのです。でもこの時点で、イスラエルを救うためのヤハウェの働きは始まっているわけです。聖書は[子は成長し、主【ヤハウェ】はその子を祝福された。]と記録しています。

ところで、マノアの妻に天使が告げた言葉は、「酒やけがれたものを口にしてはらならないのは母」「子は髪を切ることだけ禁じられる」というかのようですが、そんなことはありません。ナジル人である以上、その子は飲食や、身内の不幸があっても死体に触れてはいけないなどの禁忌を課されるのです。
髪を伸ばすのはナジル人であることの表明。母に飲食の制限が課されたのは、サムソンが生まれてからナジル人になるのではなく、胎児のときからナジル人であるということです。

ただ、ナジル人として生きることは、修道院にこもるような、この世と隔絶して暮らさなければならないようなことではありません。気を配らなければならないことは多くなりますが、日常の生活ができなくなるものではないのです。
それに、もし仮に誓願に反して身をけがしてしまった場合は、もう一度誓願を立ててはじめからやり直すことができます(*5)。このやりなおしがきくということが、あとでサムソンにとって要な意味を持つことになります。

さて、これまで登場した士師たちの中で、敵と戦った記録がある人のほとんどは、イスラエルを率いるリーダーとして戦っています。しかしサムソンは、イスラエルを率いるのではなく単身でペリシテと戦うようになります。
前述の通り、天使はマノアには、サムソンがペリシテからイスラエルを救う先駆者となることを伝えませんでした。そしてマノアの妻もそのことが意識に残りませんでした。サムソンは、ナジル人としての自覚は持ち続けますが、士師という自覚はあまりなかったのかもしれません。ネタばらしするようで申し訳ありませんが、聖書を読んでいるとどうもサムソンという人は、リーダーとして人々を率いるという性格ではなかったように思えます。サムソンの記録は、聖人君子のような人物でなくても神によって用いられるということを伝えるかのようです。


おまけ

冒頭で士師サムソンを題材にした芸術作品等を紹介しましたが、横山光輝には「鉄のサムソン」というロボットマンガ作品があるそうです。筆者はこれを未読で内容もまったく知らないのですが、ロボットマンガだということだし、「バビル2世」の例もあるし、「鉄のサムソン」も聖書を題材にしたというものではないのでしょう。
だとすると逆に、SFマンガを生み出すにあたってサムソンとかバビルの塔(新共同訳の表記では「バベルの塔」)というキーワードを絡ませることができたという点が興味深くなるような。横山光輝は聖書とどういう出会いをしていたのでしょうか。

しかし、「鉄のサムソン」が士師サムソンとは関係ないとしても、横山光輝の巨大ロボットマンガというだけで、絶対におもしろいだろうなと思います。読んでみたい。
それよりも、三国志など歴史マンガの大家でもある横山光輝が、旧約聖書を歴史書部分だけでも取り上げていたら、相当のものができたんじゃないかなぁ。


1 40年という記録に続けて、サムソン誕生の記録がありますが、「40年」のあとに生まれたのか、ペリシテの侵入からサムソンが生まれ、成長し、士師として世に出るまでが40年なのかはわかりません。たぶん後者だと思われますが。
それ以前に、聖書では「40年」は「ひと世代」というくらいの、ある程度の長い期間を漠然と指す表現としても使われます。ここでは「40年というのはいつからいつまでなのか」とこだわるよりも「イスラエルは長いことペリシテに苦しめられていたんだな」くらいの読み方でよいと思います。

*2 イスラエルがエジプトから脱出してきたとき、ヤハウェはイスラエルを地中海に沿ったルート「ペリシテ街道」には導かず、南側へ遠回りさせました。ペリシテ街道は[近道であったが、民が戦わねばならぬことを知って後悔し、エジプトに帰ろうとするかもしれない、と思われたから]です。
その強力な敵こそペリシテ人で、エーゲ海方面から地中海沿岸にやってきた「海の民」の一部と考えられていますが、この「海の一族」はエジプトにまで侵入することがあったほどです。
出エジプト記第12回を参照。

*3 詳しくは民数記6章を参照。

*4 マノアが天使を歓待しようとすると、天使は13章16で[もし焼き尽くす献げ物をささげたいなら、主にささげなさい。]と言っています。
これはマノアが相手を天使と知って礼拝しようとしたのを天使がたしなめたようにも読めますが、原文は「もし主に焼き尽くす献げ物をささげたいなら、ささげな さい」とも訳せる箇所です。
マノア夫妻は天使の言葉に従い、子ヤギや穀物を祭壇で焚き上げました。するとその炎と一緒に天使が天へのぼっていったので、ようやく夫妻は「天使だ」と気づきました。

*5 民数記6章9~12。

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#173
作成:2008年8月11日

布忠.com