士師記 第9回

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トラとヤイル(10章1~5)

第六番目の士師は、イサカル族のプアの子トラ。
部族の祖であるイサカルにもプアとトラという息子がいたので(*1)、それにちなんでイサカル族にはよくある名だったかもしれません。

このトラが、ギデオンの庶子アビメレクののちに[イスラエルを救うために立ち上がった]と記録されています。
ただ、イスラエルをどんな困難から救うためだったのかは記録にありませんし、お決まりの「イスラエルが悪を行った」もありません。名の記録されていない敵から軍事的に救ったのか、あるいはアビメレクによる内乱で乱れたイスラエルを混乱状態から救ったということでしょうか。
彼は23年間イスラエルを裁いた(統治した)のち、死んで葬られました。

トラの次には、ギレアド人ヤイルが7人目の士師として22年間イスラエルを裁いたと記録されています。ギレアドとはマナセ族の一氏族です。
「士師」という漢語は、日本のキリスト教界では「さばきつかさ」と訓読みされます。ヤイルの名は「(神が)照らしだすように」という意味であること、また具体的な業績が記録されていないことから、彼も軍事面での士師というより、もめごとを裁いて正義を照らし出すという意味での「さばきつかさ」だったのかもしれません。


帰ってきたエフタ(1)

エフタの帰還(10章6~11章11)

8人目の士師はエフタ。しかし聖書はエフタの名を登場させる前に、あ然とするほどのイスラエルの背信ぶりを記録しています。

イスラエルの人々は、またも主【ヤハウェ】の目に悪とされることを行い、バアルやアシュトレト、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アンモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。

彼らは主【ヤハウェ】を捨て、主【ヤハウェ】に仕えなかった

神ヤハウェと人との関係は、しばしば結婚にたとえられます。これまでにも触れましたが、ヤハウェとの契約にそむいて他の神々をおがむというのは、結婚の契りにそむいて他の異性と乱れた関係を結ぶのと同じなのです。しかもイスラエルは、一時の気の迷いではなくヤハウェを捨ててしまったのです。
結婚の誓いに背を向け、他の異性と次々に関係し、しかも一時の気の迷いではなくついに家庭を捨て去った。ところが身を寄せた相手は何の支えにもならず、転落につぐ転落。…サスペンスドラマにでもありそうな話ですが、この時のイスラエルはまさにそういう状態だったのです。ヤハウェとの契りをすててカナン人の神々に走ったあげく、カナン人に支配されることになったのですから。

今回、ヤハウェがイスラエルを売り渡した敵は、かつて「左利きのエフド」に追い払われたアンモン人を中心に、「牛飼いシャムガル」に討たれたペリシテ人が連合したものでした。以来18年もイスラエルを[打ち砕き、打ちのめした]ため、イスラエルはようやく悔い改めてヤハウェに助けを求めました。
ところがヤハウェは「何度もあなたがたを救ったのに、それでもわたしを捨てて他の神々に仕えたではないか。もうあなたたちを救わない。あなたたちが頼る神々に助けを求めて叫べば、その神々が救ってくれよう」と応えます。

ついにヤハウェはイスラエルを見捨てたのか?

しかし、イスラエルが異教の神々を一掃してヤハウェに仕えるようになると、ヤハウェは[イスラエルの苦しみが耐えられなくなった]と記録されていま す。
一方イスラエルは、アンモン人が集結してギレアドに布陣したのに応じて、ミツパに布陣しました。でもイスラエルにはまだリーダーがいません。これまでの戦いのように、ヤハウェが士師を擁立→その士師が軍を召集、というパターンではないのです。イスラエルは布陣したというよりも、「ヤハウェはきっと、私たちの悔い改めが心からのものだとわかってくださる」と信じて集まるしかないほど限界だったのでしょう。

ここでようやく第8の士師エフタが登場するのですが、話は少しさかのぼります。

エフタは、アンモンが布陣したギレアドの地の出身でした。エフタの父の名がギレアドですから、父はこのギレアドの地の有力者、ことによるとギレアド氏の頭領かもしれません。(*2)
しかしエフタは、ギレアドが遊女に産ませた子だったたため、父の正妻の子たちから「おまえが相続するものはない」と追い出されたのです。これにギレアドの人々も調子を合わせ、エフタはギレアド家からだけでなく、ギレアドの地から追い出されてしまいました。

これは想像ですが、アブラハムもイサクを跡継ぎに定めたあと側女の子らを遠方に移住させていますから(*3)、エフタが追い出されたのはもしかすると伝統なのかもしれません。
有力者の家に内輪争いなど起きては迷惑と思えば、一族だけでなく土地の人々も「妻の子」ではないエフタをまず除くのに賛成したでしょう。
あるいはもしかすると、ギレアド人たちの脳裏には、前号で紹介したアビメレクのことがあったかも。ギデオンの正妻の子らを皆殺しにし、ついには町ごと滅びたあのアビメレクです。「士師ギデオンの側室の子」アビメレクは、「有力者ギレアドの庶子」エフタと重なるように思います。

追い出されたエフタがたどりついたのはトブという地でした。ギレアドの意味は「岩だらけ」で、トブの意味は「良い」ですから、これは「住みにくい地を出てよい地に着いた」ということかと思いきや、[エフタのもとにはならず者が集まり、彼と行動を共にするようになった]と記録されています。
ならず者どもと共にというのは、あまりよい行動ではないでしょう。

アンモン人がギレアドに布陣したとき、ギレアドの人々が指揮官に選んだのが、このエフタだったのです。
エフタは「勇者であった」と記録されていますから実績はあったのでしょう。「エフタが帰ってきて指揮をとれば自分たちはアンモン人と戦える」と口説き始めた長老たちですが、逆に言えば「いざという時の守り」をみずから捨てていたわけですから、まさに平和ボケ。
こんな厚顔無恥な長老たちにエフタが「わたしをのけ者にし、父の家から追い出しておいて、困ったことになったからと言って、今ごろなぜ」と応えたのも当然でしょう。

これに長老たちは「今だからこそだ」と答えました。

トラブルの種になりかねないと思ってエフタを追い出したのが、今や実際にならず者たちとともにいて、トブは悪い意味で梁山泊状態。人々にとっては、エフタは関わりたくない存在だったでしょう。
しかしそういっていられるのも平時なればこそで、アンモンに蹂躙されんばかり。エフタにとっては「何を今ごろ」ですが、人々にとっては「こういう今だからこそ」だったのです。「乱世の英雄、治世の姦雄」という言葉がありますが、長老たちも「毒(エフタ)をもって毒(アンモン)を制す」くらいの思いがあったのでは。

だとするとエフタとしてはなおさら、「今だからというなら、仮にヤハウェの加護により私が敵を一掃したとして、また平時になったら追い出されるわけかよ」ということころでしょう。
しかし長老たちは「指揮官となって敵と戦ってくれるなら、ギレアドの全住民の頭【かしら】に就いてほしい」と申し入れ、しかも「このやりとりの証人はヤハウェだ」と保障したのです。
この宣誓を受けてようやく、エフタは帰ることにしたのです。


*1 創世記46章13。

*2 ギレアドという名はよくあるものだったかもしれません。しかし「父ギレアドの家を追い出される」イコール「ギレアドの地を追い出される」ということは、少なくともエフタの父のギレアドは氏族の中で有力者ではあったのでしょう。

*3 創世記25章1~6。→創世記第33回を参照。

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#170
作成:2008年5月1日

布忠.com