士師記 第3回

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つまづいていくイスラエル(2章6~3章6)

12部族はそれぞれ、わりあてられた地へと進んでいきました。ただ聖書は、ヨシュアの死後も[主がイスラエルに行われた大いなる御業をことごとく見た長老たちの存命中、民は主に仕えた。]とわざわざ書いています。
つまりそのあと、「ヤハウェがイスラエルにどれほどのことをしたか」を知らない世代がおこってくると、イスラエルは[バアルに仕えるものとなった。彼らは自分たちをエジプトの地から導き出した先祖の神、主を捨て、他の神々、周囲の国の神々に従い、これにひれ伏して、主を怒らせた。]のです。

バアル、そして少しあとに出てくるアシュトレトは、カナン人の宗教の神です。ヨシュアが[あなたたちは主に仕えることができないであろう。](*1)と予告したとおり、ほんの一世代でイスラエルはヤハウェを離れてしまったのです。

この、ヤハウェに対するイスラエルの裏切りの結果は、言うまでもありません。
ヤハウェはイスラエルを[略奪者の手に任せて、略奪されるがままにし、周りの敵の手に売り渡された。]と記録されています。当たり前です。イスラエル自身が、最大最強の援軍であるヤハウェから離れたのです。
逆に、「イスラエルを」ではなく「イスラエルの神を」恐れていたカナン人にとっては、そのイスラエルがヤハウェを離れてバアルにひざまずいたといのは、千載一遇というか、飛んで火にいる何とやらです。
(「載」は「兆」よりずっと上、10の44乗を表します。千載一隅とはつまり「10の47乗に1回くらい遭遇するか」つまり「1/100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000」の確率という意味なのですが、残念ながらイスラエルがヤハウェから離れる確率はもっと高かったようです)

こうしてイスラエルは、出陣するごとに打ちのめされるようになりました。
カナンではしょせん少数派のイスラエルです。苦境に立たされたと記録されていますが、「あの強い神はどうやらイスラエルとともにいない」と思われたが最後、徹底的に敵に叩かれたことでしょう。

読む人によっては、「ほかの神を拝んだからって、そこまで捨てなくてもよさそうなものじゃないか。だから一神教は排他的だというんだ」と思われるかもしれません。
しかしヤハウェとイスラエルの関係は契約にあります。イスラエルが契約を破ってヤハウェを離れバアルにひれ伏したというのは、妻が結婚の誓いを破って夫を裏切り、夫の目の前で他の男に身をまかせたも同然です。実際ヤハウェは、イスラエルが[他の神々を恋い慕って姦淫し]たと言っています。
しかも、ヤハウェは真実そのものです。「全能の神」と呼ばれますが、実はヤハウェにもできないことがあります。「嘘をつく」というのは、ヤハウェにできないことの一つで、ヤハウェは自分自身にかけて、かつて「イスラエルが裏切る日、わたしは彼らを捨て、わたしの顔を隠す」と宣言した自身のことば(*2)に誠実であらねばならないのです。

しかしヤハウェは、機械的に契約の条文をふりかざすだけの存在ではないようです。裏切ったイスラエルを、それでも救おうとします。そのときにヤハウェが擁立したのが、士師なのです。[主は士師たちを立てて、彼らを略奪者の手から救い出された。]と記録されています。

イスラエルの裏切りによってヤハウェが顔を隠すとき、敵対する諸民族はイスラエルを圧迫し迫害しました。その時、イスラエルが苦しみうめく時、[主が哀れに思われたから]士師が擁立され、ヤハウェは士師とともにいてその存命中は敵の手からイスラエルを救います。ところがその士師が死ぬと、イスラエルは前よりもいっそう堕落して[他の神々に従い、これに仕え、ひれ伏し、その悪い行いとかたくなな歩みを何一つ断たな]いのです。

イスラエルの新しい世代について[カナン人とのいかなる戦いも知らないイスラエル]という表現が出てくるのは、しばらくのあいだ戦闘のない時代があったということでしょうか。(そのこと自体が「神であるわたしがこの地をイスラエルに渡したのだから、他の民族をすべて追い払え」と命じたヤハウェに逆らうものということになります)
その間に平和ボケして、「ヤハウェという安全保障なんかいらないのさ。それよりもカナンの神々に仕えるほうが、いろいろと楽しいじゃないか」と(おそらくはスケベな男たちが)考えるようになったのではないかと思います。

その結果、ついにヤハウェはイスラエルの背信ゆえに[ヨシュアが死んだときに残した諸国の民を、わたしはもうこれ以上一人も追い払わないことにする。]と宣言します。
それは、エジプト脱出以来ずっとヤハウェによって敵中を生き延びてきた先祖のように、現在のイスラエルが[主の道を歩み続けるかどうか]を試すためのものでした。
ヤハウェが全知であるなら、こうしてためした結果がどうなるかも知っていたはずです。しかしヤハウェには、「ためす」以外の選択肢は「裏切りのゆえにイスラエルを捨てる=イスラエルを滅ぼそうとする他民族の手にまかせる」しかないのです。たとえるなら、イスラエルの裏切りには有罪との断をくださなくてはらならいが、(ゼロかもしれない)更生の可能性にかけて執行猶予つきにした、というところでしょうか。

こうして約束の地の中に、いくつかの国が残ることになりました。[そのイスラエルの人々の世代に戦いを学ばせるためにほかならなかった。]とあるのは、ヤハウェとともに戦うことを学ばせるためで、ということはイスラエル単独では勝てない強力な相手、イスラエルがヤハウェにつくことによってのみ安全を守れるような相手であろうと思われます。

ことに、ヤハウェが残した国の筆頭に名があげられているペリシテには、イスラエルは後々まで苦しめられることになります。(*3)
士師記では、剛力の士師サムソンがペリシテと戦い、のちにはイスラエルの初代の王サウルもペリシテと戦います。またダビデ王もペリシテと戦いましたが、若い時にはペリシテ軍に身を寄せたこともあるなど、イスラエル史にいろいろな関わり方をしてくる民族です。


*1 ヨシュア記24章19。当サイトではヨシュア記第17回を参照。

*2 申命記31章16以下の、ヤハウェのモーセへの言葉。

この民はただちに、入っていく土地で、その中の外国の神々を求めて姦淫を行い、わたしを捨てて、わたしが民と結んだ契約を破るであろう。その日、この民に対してわたしの怒りは燃え、わたしは彼らを捨て、わたしの顔を隠す。

*3 「パレスティナ」というのは「ペリシテ人の地」という意味で、現在パレスティナと呼ばれる中でも本来はペリシテ人が住んでいた地中海沿岸の平野南部だけを指すものでした。
しかし紀元2世紀にユダヤの反乱をローマ帝国が鎮圧した時に、ハドリアヌス帝はユダヤを「シリヤ・パレスティナ」と改称し、ユダヤ人を追放して他民族を居住させました。このように歴史をたどると、この地をパレスティナと呼ぶこと自体、ユダヤ人を迫害したハドリアヌス帝に同意する反ユダヤ主義なのかもしれません。

説明が長くなっていますが、もともとのペリシテ人と現代のパレスティナ人がつながるのかつながらないのかは不勉強でわかりませんが(イスラム信仰に帰依したアラブ民族がこの地で台頭するのは7世紀)、現代のイスラエルが「パレスティナ問題」で苦しんでいるのはもしかしたら、イスラエルの背反のゆえにヤハウェがペリシテ人を残したことに端を発するのかもしれません。ユダヤ教の中でも超正統派と呼ばれる人たちには、現代にイスラエル国家が再建されたことは「人間が武力によって成したことで、神意によるものではない」と考え、独立記念日も祝わない(ホロコーストから守られる地が確保されたことは神に感謝するが)人たちもいるそうです。(筆者個人の考えとしては、ヨシュアも武力で戦うときに神意による勝利が与えられたのだから、現代でも武力を取ったこと自体が神意に反する理由にはならないのではと思いますが)

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#164
作成:2008年2月9日

布忠.com