士師記 第2回

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各部族の戦い(1章~2章5)

今回から士師記の本文に入っていきます。前号でも書いたとおり士師記には12人の士師が登場しますが、士師の登場は3章7から。
その前の部分は、士師たちが登場するまでの序章といえます。ここには、すでにヨシュア記に記録されている戦いの記録が再度収録されており、ヨシュア記とそれ以後とで歴史が断絶しているのではなく継続した時の流れの中で「歴史という預言」が示されていることを見ることができます。

ヨシュアの死後、イスラエルの人々はヨシュアの言葉に従ってカナン征服を進めようとしますが、それにあたってヤハウェに「どの部族がまずカナン人を攻撃すべきか」とたずねます。
イスラエルは今までモーセやヨシュアという指導者をとおして与えられる神意に従って戦ってきました。ヨシュアがいなくなったとたんに、「民主的に決めよう」などと人間の知恵に頼ることをしなかったのは、これまでの経験で「神の民」の自覚が出てきたというべきでしょうか。

ユダ族とシメオン族

ヤハウェの指示は[ユダが上れ。見よ、わたしはその地をユダの手に渡す]というものでした。
ユダはヤコブの四男でしたが、ヤコブから「ユダは獅子の子。王権はユダから離れない」(*1)と預言された、リーダーになるべき一族です。土地の分配でも最初に「ユダ族の割り当てはここ」と言及されていましたし(*2)、加えて12部族の中でも最大の兵力を持つ部族(*3)ですから、まずユダが行けという神意は誰もが納得するものだったでしょう。

ところがこれを受けたユダ族は、シメオン族に「私たちに割り当てられた領土のために、一緒に戦ってください。シメオン族の割り当て地を戦い取るときには一緒に行きますから。」と、尻込みしているかのようなことを言い出すのです。
戦うのは全能のヤハウェであるということを身を持って体験してきたにもかかわらず、やはり「神とともにある指導者」の姿が目に見えない状況となって臆病風に吹かれたのでしょうか。しかしもう「エジプトに帰ろう」などとは言い出さず前に進もうとはしているところに、「ヤハウェの言われることには従おう」という信仰を見ることはできます。

シメオン族は最小の部族でしたが、要請に応じてユダ族とともに出陣しました。ヤコブの12人の息子は4人の母から生まれましたが、シメオンとユダはともにヤコブの第一夫人レアを母とする同母兄弟でしたから、両部族は仲がよかったのかもしれません。なおこのとき、モーセとの縁でケニ人がユダとともに戦ったと記録されています。(*4)

こうしてユダ族とシメオン族が攻め上ると、[主【ヤハウェ】はカナン人、ペリジ人を彼らの手に渡された]とあるように連戦連勝。ただし、山地は獲得したものの、[平野の住民は鉄の戦車を持っていたので、これを追い出すことはできなかった。]と記録されています。

この戦いの記録の中に不思議な一文があります。
[ユダの人々はエルサレムを攻撃し、剣をもってこれを占領、町には火を放った。]とあるのですが、直後に[エルサレムに住むエブス人については、ベニヤミンの人々が追い出さなかったので、エブス人はベニヤミンの人々と共に今日までエルサレムに住み続けている。]とも記録されているのです。
実際、エルサレムはのちにダビデ王によってようやく完全占領され、イスラエルの首都となります。想像になりますが、ユダが勝ち取って終わったなら占領したあと火を放つ必要はなかったでしょうから、占領したのち、奪回されそうになったので火を放って撤退した、ということかと思います。
なお、エルサレムにからんでユダ族とベニヤミン族の名が入り乱れて登場するのは、この町が両部族の境界線上にあるためです。

この戦いの記録の中に、姫とナイトの物語のような話しが記されています。
ヨシュアとともに活躍したカレブの名前が出て来ますが(ヨシュアと同世代で、ヨシュア記14章の時点で85歳でしたから元気なじいさまです)、彼はユダ族だったので出陣してアナクと戦い、彼に割り当てられたヘブロンを手に入れました。その戦いの中でキルヤト・セフェルを攻める時、カレブは「そこを占領した者には娘アクサを与える」と約束し、カレブの甥オトニエルが勝ち取って一族の勇者の娘を手に入れたのです。

ヨセフ族

1章22に出てくる「ヨセフの一族」とは、マナセ族とエフライム族を指します。
ヤコブの息子の一人ヨセフからマナセとエフライムが生まれました。「12部族」という場合、ヤコブの12人の息子の子孫を指す場合もありますが、レビ族が祭司の部族とされた代わりにマナセ族とエフライム族がカウントされて12とされる場合が多いです。
マナセ族の半分とエフライム族は隣り合った領地を割り当てられていました。(マナセ族は二手にわかれ、半分はヨルダン川の東に土地を得ていて、ここで出てくるのはもう半分のほうです。)

このヨセフ系はべテルを攻めるにあたり、町から出てきた人から攻略口の情報を得、町を攻め取ったあと、情報をくれたその人とその家族は逃がしてやったと記録されています。イスラエルがエリコを攻略する際のラケルの話に似ていますね(*5)。
ベテルは古くはルズと呼ばれていましたが、この逃がされた人はヘト人の地に行って町を築き、そこをルズと名づけたと記録されています。

その後についてですが、マナセとエフライムが地元部族を追い出せなかった町や地域の名が列挙されています。戦記であるなら勝ち取った記録を重視しそうなものです。
これは「ヤハウェが『与える』と宣言したのに、勝ち取りきれなかった」という記録なのです。

その他の部族

これ以後も、「ゼブルンはどこそこの住民を、強制労働に服させたが追い出さなかった」「アシェルは、どこそこを占領しなかった」といった記録が続きます。
そうした状況に、ついにヤハウェは天使を送ってこう宣言したのです。

わたしはあなたたちをエジプトから導き上り、あなたたちの先祖に与えると誓った土地に入らせ、こう告げた。わたしはあなたたちと交わしたわたしの契約を、決して破棄しない、あなたたちもこの地の住民と契約を結んではならない、住民の祭壇は取り壊さなければならない、と。
しかしあなたたちは、わたしの声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。わたしもこう言わざるをえない。わたしは彼らを追い払って、あなたたちの前から去らせることはしない。彼らはあなたたちと隣り合わせとなり、彼らの神々はあなたたちの罠となろう。

これを聞いたイスラエルの人びとは、さすがに「声をあげて泣いた」と記録されています。カナンをイスラエルに与えるというヤハウェの約束は取り消されはしませんでしたが、そこは彼らだけの地ではなくなったのです。
そしてカナン人の神々がイスラエルの罠となることが告げられました。ヨシュアが予見したとおり、イスラエルはヤハウェに仕えることはできないのでしょうか。


*1 創世記49章8~12。本誌サイトでは創世記第61回を参照。

*2 2部族半にヨルダン川東の土地が割り当てられたあと、西側の土地を割り当てる際に、ヤハウェはカレブとユダ族に割り当てられる土地について最初に言及した。ヨシュア記第12回を参照。

*3 民数記25章にある第二回の人口調査で、ユダ族の成人男性はイスラエル60万余の中で7万6千余を占める。シメオン族は2万2千余の最小部族であり、のちにユダ族に吸収されたと考えられている。民数記第16回を参照。

*4 モーセの妻ツィポラの父エテロはミディアン人の祭司。そのエテロの息子つまりモーセの義理の兄弟であるホバブは士師記4章11にも登場しており、イスラエルと同行してきていたことがわかる。

*5 ヨシュア記2章。本誌サイトではヨシュア記第4回を参照。

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#163
作成:2007年12月27日

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