ヨシュア記 第18回/終

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旅の終わり(24章29~33)

ヨシュアの死と埋葬

ヤハウェとイスラエルが契約をかたくするのを仲介したのち、ヨシュアは百十歳の生涯を閉じました。

どの世界でも、初代が偉大であるほど二代目というのはやりにくいものでしょうが、モーセという(神の前には一介の人間でしたが民の前には)偉大すぎるほど偉大な指導者のあとを受け継いだヨシュアは、立派にその役割を果たしたと言ってよいのではないでしょうか。
その割には聖書は「主のしもべ、ヌンの子ヨシュアは百十歳の生涯を閉じ、」とごくあっさり片付けています。が、この「主のしもべ」という形容には注目しておきたいです。
ここまで「主のしもべ」という言葉はモーセの名の前にだけ置かれていて、「イスラエル」という名前をつけられたヤコブや、世代で唯一の信仰者と評されたノアも、「主のしもべ」とは呼ばれていません(*1)。ただモーセだけが「主のしもべ」と呼ばれ、そのモーセに肩を並べる「ヤハウェへの従いぶり」だったとヨシュアは評価されたのです。

こののちは、殉教者や(*2)、有名なダビデ王や(*3)、そしてイスラエル全体(*4)も「主のしもべ」と呼ばれるようになっていきます。
そしてこれらを踏まえて、キリストは弟子たちにたとえ話しで教える中で、主である神から「忠実な良いしもべだ。よくやった。」とほめ言葉をもらえるような者であれと教えました(*5)。といっても分不相応に背伸びして聖人君子になることが「主のしもべ」と評価されることではありません。キリストは、ただやるべきことをキチンと果たす者が「忠実なしもべ」なのだとも教えています。(*6)
もちろん、それこそが難しいことなのかもしれませんが、モーセもヨシュアも、彼等だからこそ与えられた役割に忠実だっただけ、とも言えるわけで、でもそれだからこそ「主のしもべ」と呼ばれるようになったのです。

キリストのいわゆる「タラントンのたとえ」からも、各人が与えられた力を生かすことだけが求められているといえるでしょう(*7)。ヨシュアは、与えられたタラントン(天与の才、talent)を発揮して、走るべき道を走りきったのでした。その遺体はティムナト・セラ(*8)に葬られたと記録されています。

もう一つのエンディング

ヨシュア記の最後は、ヨシュアの埋葬ではありません。
あとふたつの埋葬の記録で終わっています。そのひとつはヨセフという人物の埋葬です。話しは創世記までさかのぼります。

アブラハムの孫にあたるヤコブには、4人の母親から生まれた12人の息子がいました。そのうちの一人ヨセフはエジプトでファラオに次ぐ地位についてエジプトを滅亡の危機から救い、その後に父ヤコブと一族をカナン地方から呼び寄せてエジプトに移住させました。その後ヨセフの功績を知らないファラオの時代になって、ヤコブの子孫であるヘブライ民族(イスラエル人)は奴隷にされ苦しむことになり、そして今ようやくヨシュアの指揮のもとにカナンに帰って落ち着いたわけです。
このヨセフは、父ヤコブは「約束の地」カナンに葬りましたが、ファラオを除いては最高位に就いてしまった自分はカナンに葬ってもらえるとも思えず、死の間際に兄弟たちに遺言して、必ずヤハウェは誓われた土地に導いてくださるから、そのときには自分の遺骨を持って行ってくれと頼んでいたのです(*9)。

それから数百年の時を経てイスラエルがエジプトを脱出するとき、モーセはヨセフの遺骨(ミイラ?)を携えて出発しました(*10)。そしてこの日、ヨセフとの誓いは果たされ、エフライム族(ヨセフの子孫)にわりあてられたシケムにあるヤコブの墓所に葬られたのです。

もうひとつの埋葬の記録は、大祭司エルアザルです。モーセの兄であり初代の大祭司だったアロンの三男です。
モーセとアロンは、ヤハウェに従ってイスラエルを率いエジプトを脱出してきた功労者でしたが、メリバ事件(*11)のためにこの二人も「約束の地」に入れなくなりました。このためにヨシュアがモーセの後継者となり、エルアザルがアロンの後継者となったものです。

ヨシュアとエルアザルの死と埋葬、そしてヨセフの埋葬。これをもって、エジプトに行って帰る旅の記録が完結したと言えます。
もちろん、これでイスラエルの歴史が幕を閉じたわけではありません。ということはつまり、神ヤハウェとイスラエルの関係が完結したわけでもないということです。
領土を得たイスラエルですが、王制を敷いて国家の体裁が整うのはもっとあとになります。それまでイスラエルは、危機のたびに「士師」と呼ばれる英雄が起こるようになります。旧約聖書第7巻はそんな士師たちの時代の記録になります。ヨシュアの時代にヤハウェがイスラエルにしたことを体験した世代の存命中は[イスラエルは主【ヤハウェ】に仕えた]と記録されていますが、その後はどうなったのでしょうか。士師記を読んでいきましょう。


おまけ

パウロは、全員が牧師になるとか、全員が修道院に入るとかいうことには反対の考え方をする人でした(修道院はパウロよりずっとあとの時代のものですが)。むしろ、夫は夫として、妻は妻として、子は子として、あるいは奴隷は奴隷として、自由人は自由人として、それぞれ本分を尽くすことをすすめています。

聖書の話しをしてる最中に旧日本軍の話しを引っ張り出すというのも何ですが、筆者が最近読んだ本に旧日本海軍の「五省」(五つの反省)というのが紹介されていました。軍人勅諭のようにお上が下々に要求する道徳律ではなく、「イギリス海軍の自主性を手本」とする「あくまでも個人の内省であって強制されるものではない」(寺田近雄著「日本軍隊用語集」より)ものだそうです。いわく、

至誠にもとるなかりしか(誠実さの点で問題はなかったか)
言行に恥ずるなかりしか(言動に恥ずべきところはなかったか)
気力に欠くるなかりしか
努力に憾(うら)みなかりしか(努力不足を残念に思うところはなかったか)
不精に亘(わた)るなかりしか(だらしないところはなかったか)

という五点の反省です(原文のカタカナを平仮名に直しています)。

もとより筆者には戦争の美化うんぬんの意図はありませんが、今号の本文を書いていて「無理に背伸びして聖人君子を演じるのではなく、しかしなすべきことはなす」というのが「よい忠実なしもべ」像であるなら?と思ったときにこの五省が思い出されたので、紹介しました。


*1 アブラハムはのちには「神の友」と呼ばれたと新約聖書に書かれています。[「アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた」という聖書の言葉が実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。](ヤコブの手紙2章23)

*2 列王記ニ9章7[こうしてわたしはイゼベルの手にかかったわたしのしもべたち、預言者たちの血、すべての主のしもべたちの血の復讐をする。]

*3 詩篇18編と36編は、冒頭に「主のしもべの詩。ダビデの詩。」とタイトルされています。

*4 歴代史一16章13[主のしもべイスラエルの子孫よ/ヤコブの子ら、主に選ばれた人々よ。]ほか。

*5 マタイ福音書25章23。

*6 マタイ福音書24章45,46[主人がその家の使用人たちの上に立てて、時間どおり彼らに食事を与えさせることにした忠実で賢いしもべは、いったいだれであろうか。主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られるしもべは幸いである。]

*7 マタイ福音書25章に収録されているキリストのたとえ話。ある人が3人のしもべを呼び、1人には5タラントン、1人には2タラントン、1人には1タラントンを託してから旅にでました。タラントンとは貨幣の単位で、ここでは具体的にいくらというより「ばく大な額」と思ってください。やがてこの主人が帰ってきたとき、最初の2人は託された元手を2倍にして「忠実な良いしもべだ。よくやった。」とほめられました。一方、1タラントンの者は(主人が彼にはその力があると見て1タラントンを託したにもかかわらず)ロスすることを恐れタラントンを隠しておいて主人に返したので、主人から「怠け者」とののしられ追い出されるというオチです。
怠惰は責められることはあっても、2タラントンの力しかない者に5タラントンの働きが要求されるようなことはないのです。
なお、天与の才を、あるいは天与の才を持つ人のことを「タレント」と呼ぶのは、このタラントン(口語訳ではタラント)が語源であるといわれます。

*8 ヨシュアが葬られたティムナト・セラはエフライム山地にあり、古代の墳墓がいくつも発見されています。→ヨシュア記第13回

*9 → 創世記50章

*10 → 出エジプト記13章18,19

*11 メリバの地でイスラエルが水を求めてヤハウェに不平を言ったとき、モーセとアロンはヤハウェに指示によって岩から水を湧き出させる際に[われわれがあなたがたのためにこの岩から水を出さなければならないのであろうか]と自分たちを神格化する発言をしてしまったこと。→ 民数記20章

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#161
作成:2007年7月30日

布忠.com