ヨシュア記 第13回

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ヨルダン川の西の分配・後編(16章~19章)

聖書の記述とは順不同になりますが、9部族半のうち残りの部族について、南から順に分配された土地を俯瞰します。

以下は大雑把な位置関係で、[マナセの人々の嗣業【しぎょう】の土地の中にもエフライムの人々に配分された町々とそれに属する村があった。]とか、[またイサカルおよびアシェル領内でも、ベト・シェアン、イブレアムとそれぞれの周辺村落、ドルおよびエン・ドルの住民とそれぞれの周辺村落、タナク、メギドの住民とそれぞれの周辺村落など三つの台地はマナセに属した。]というように入り組んでいる土地もあったようです。

聖書のこの箇所は地名の羅列のようでいて、よく読むとけっこう興味深いところもありますので、聖書をお持ちのかたはご自分でも読んでみてください。

ラケルの子供たち

ユダ族のすぐ北を割り当てられたのはベニヤミン族でした。約束の地に入って最初に勝ち取ったエリコや、後にヤハウェが「私の名を置くために選んだ」として神殿が建てられるエルサレム、そしてベテルなどを含む地域です。のちにイスラエル王国が南北に分裂した時には、ユダ族とベニヤミン族で南王国ユダを形成することになります。

12部族は4人の母(ヤコブの2人の妻とそれぞれの女奴隷)から生まれましたが、末っ子のベニヤミンの母はヤコブがもっとも愛したラケルでした。しかしラケルは、ベニヤミンを産むときの難産で命を落としたのです。(*1)
現在、ラケルの墓と伝えられているものがベツレヘムにあります。ベツレヘムはユダに割り当てられましたが、創世記はラケルが葬られたのは[(ベテルから)ベツレヘムへ向かう道のかたわら]と記録しています。筆者の勝手な想像になりますが、もしかしたらラケルは実際には、ベテルに近いところ、忘れ形見ベニヤミンの領域となる地に葬られたのではないかと思っています。

ベニヤミン族の北側に、ヨセフの子孫つまりエフライム族とマナセ族(ヨルダン側の東に半分が住みついた残り)の土地が割り当てられました。
先ほどのベニヤミンとこのヨセフの2人が、ラケルから産まれた子です。くじ引きの結果、ベニヤミン族、ヨセフ族(エフライム族とマナセ族)が並んで土地を得たというのは、おもしろいです。
ただし、のちにイスラエルが南北に分裂するときには、ベニヤミンは前述の通り南王国に、エフライムとマナセは北王国にと、たもとをわかつことになります。

ところで、なぜマナセ族が、ヨルダン側の東側と西川とに土地を得ることになったのかですが、東側に住んだ半分は、その戦績によって土地を得たと言えます。マナセの長男マキルは[戦にたけ]ていたので、彼の氏族はギレアドなど東側の土地を得た、と記録されています。
一方、マナセ族の中に、あととり息子がなく女だけになった氏族がありました。ツェロフハドの娘たちですが、彼女らはモーセがまだいたときに[男の子がないからといって、どうして父の名がその氏族の中から削られてよいでしょうか]と訴えました(*2)。これによって、男の子がいない場合には娘が土地を嗣【つ】ぐ、という法をヤハウェが制定し、彼女たちも約束の地つまりヨルダン川西側の土地の分配を受けることになっていたのです。

その他の部族

ベニヤミンと地中海の間にダン族が住みます。南側でやはりペリシテと接するダン族から、のちにペリシテに大打撃を与える豪傑サムソンが登場することになります。
ただしこのダン族は、サムソンの死後に北方に移住することになります(*3)。その後は[ダンからベエルシバまで]というように、イスラエルの版図の北端の代名詞となります。

マナセの北には、ヨルダン川に接するところにイサカル族。
その西にゼブルン族。
イサカルとゼブルンの北、新約聖書の時代にガリラヤと呼ばれるあたりにナフタリ族。
ゼブルンとナフタリとの西、地中海に沿って細長くアシェル族。

残るシメオン族ですが、他の部族が「その領域はどのあたり」と記録されているのに対して、シメオン族が受けた割り当ては[その嗣業【しぎょう】の土地はユダの人々の嗣業の土地の間にあった。]と記録されています。東はどこから西はどこまで、という領域はなく、町村の名が上げられただけで[シメオンの人々の嗣業の土地はユダの人々の領土の一部であった。]と記されているのです。

つまり、「シメオン族の領域」というものはなかったのです。その理由をヨシュア記は[ユダの人々への割り当て地が多すぎたため]としていますが。

シメオン族は、エジプトを出たあとの第一回人口調査では12部族中3番目の兵役可能人数を持っていましたが、2回目の人口調査の時には12部族中最下位の人数となっています(*4)。おそらく土地の割り当ての段階では、独立した領地を与えるほどでもない人数となってしまっていたのでしょう。
こののちシメオン族はユダ族に吸収されていったのだろうと考えられています。でもなぜシメオン族がこのようなことになってしまったのでしょうか。

シメオンの妹ディナが異民族にけがされたとき、シメオンが兄弟レビと一緒にその異民族の男を(ヤハウェからの聖絶の指示によるのではなく)皆殺しにしたことがありました。(*5)
このこともあって、ヤコブは、シメオンとレビについて預言して、彼らがイスラエルの間に散らされると予告しています(*6)。レビ族が土地の割り当てを受けず、祭司として、各部族の土地の中の町にわかれ住むことになるのも、シメオンがユダ族に吸収されるのも、この預言が実現したものだといえます。

それにしては、消滅したシメオンと、神官職になるレビとでは扱いが違いすぎるようにも思いますが、ともかく以上で土地の分配が終りました。

この分配ののち、人々は、指導者ヨシュアに[嗣業の土地を贈った]と記録されています。エフライム族であるヨシュアに、特にエフライム山地の町ティムナト・セラが贈られました。
この辺りからは青銅器時代や鉄器時代の遺物、さらに古代の墳墓が発見されています。なかでも最大の墓が、ヨシュアの墓とされているそうです。


*1 創世記35章16~20。当サイトでは創世記第45回

*2 民数記27章1~17。当サイトでは民数記第17回

*3 士師記1章34によると、ダン族は割り当てられた土地を占領できなかったようです。同書18章冒頭に[ダンの部族は住み着くための嗣業【しぎょう】の地を捜し求めていた]とあり、その後、北のナフタリの東隣りに移住します。ダンとナフタリも同じ母(女奴隷ビルハ)から生まれた同母兄弟でした。

*4 民数記1章と26章。⇒民数記第16回

*5 創世記34章。⇒創世記第43回創世記第44回

*6 創世記49章5~7。⇒創世記第61回

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#156
作成:2006年10月5日

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