ヨシュア記 第12回

menu

土地を分け与えよ(13章1~7)

13章は[ヨシュアが多くの日を重ねて老人となったとき]で始まっています。
細かい話ですが、多くの日を重ねたのはヨシュアで、12章と13章のあいだでヨシュアが老人になるほど時が流れたわけではありません。11章までの戦闘の記録と14章のカレブの発言のあいだが約5年くらい(*1)です。
推測を含みますが、老人とあるヨシュアはこの頃だいたい100歳前後だったのではないかと思います(*2)。

カナン人とイスラエルとの戦いは11章までで帰趨が決していましたが、カナン人は滅ぼされたわけではありません。実際にはこの約5年も戦いの連続だったでしょう。
しかしヤハウェはヨシュアに[あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている。]と言って、ペリシテ人の全地域(*3)だとか、ガザ(*4)などを具体的に挙げ、そこに住むカナン人について[彼らすべてを追い払う。あなたはただ、わたしの命じたとおり、それをイスラエルの嗣業【しぎょう】の土地としてわけなさい。]と言うのです。

勝ち取った土地を分配しろというならわかりますが、まだ敵の住む土地を、勝ち取る前に分配せよとヤハウェは命じているわけです。それらはすでにイスラエルに与えたものだという宣言です。


ニ部族半、東へ帰る(13章8~33)

土地の分配にあたって、ルベン族とガド族、それにマナセ族の半数は、ヨルダン川の東側に土地を与えられました。

イスラエルがヨルダン川を渡る前、彼らはモーセに許されてヨルダン川の東側に土地を与えられましたが、その条件として、ヨルダン川を渡り「約束の地」をイスラエルが勝ち取るまで他の部族とともに戦ってきたのです。(*5)
ヤハウェから「もう土地を分配してよし」とされた今、彼らは義務から解かれ、東側に建てた町、妻子の待つ地へ帰れるときが来たのです。

死海の東岸ほぼ中央に流れ込むアルノンという川から北、死海の北東一帯がルベン族の地です。

その北がガド族の地。ヤコブが神と格闘したヤボク川のペヌエルの渡し場(*6)や、ヤコブがエサウと再会したあと住んだスコト(*7)を含むあたりです。

マナセ族の半数はさらにその北、ガリラヤ湖の東側一帯です。現代のゴラン高原のあたりになるでしょうか。
マナセ族の残り半数はヨルダン川の西側に土地を得ますので、そのどちらかを指す場合に聖書は「マナセの半部族」と呼んでいます。


ヨルダン川の西の分配・前編(14章~15章)

ヨルダン川の東に2部族半が土地を得た後、西側を9部族半で分配しましたが、分配にあたっては「くじ引き」で神意をうかがうという方法がとられました。

レビ族

イスラエルの12部族は、ヤコブの12人の息子に由来します。ただし、12人のうちレビを祖とするレビ族はカウントせず、ヨセフの二人の息子から出たエフライム族とマナセ族をカウントしています。つまり「12部族+レビ族」となっているのです。(エフライム族とマナセ族をあわせてヨセフ族と呼んでいる箇所もあります)

ヤコブはヨセフの息子(つまり自分の孫)であるエフライムとマナセを、自分の養子にして、ルベンたち実子と同格にしました。(*8)
これだとヤコブの子孫による部族は13となりますが、他の部族が土地を嗣業つまり受け継いでいく財産とするのに対して、祭司の部族と定められたレビ族は『ヤハウェにつかえるつとめ』を財産として受け継いで行くのです。

このためレビ族は、土地の分配の際に特定の地域を割り当てられるのではなく、他の部族の割り当て地の中で住む町とその周辺の放牧地を与えられることになりました。
これはヤコブをとおしてヤハウェが予告していた[わたしは彼らをヤコブの間に分け/イスラエルの間に散らす。」という言葉の実現でした。(*9)

カレブとユダ族

ここでカレブという男が登場します。イスラエルが40年前にカナンに入ろうとして12人の偵察隊を送ったとき、ユダ族の代表として偵察隊に加わり、敵にビビった他の10人とは異なって、神がともにいることを信頼して攻め上ることを進言した男です。(*10)
そのとき、エフライム族の代表として偵察に加わったのがヨシュアでした。当時成人だった世代のうちで、このカレブとヨシュアだけがヤハウェへの従順により、モーセやアロンさえも許されなかった「約束の地」に入ることを許されて今日までながらえていたのです。

カレブは、40年前からの戦友であり今は民の指導者の責にあるヨシュアのところへ来て、あのときヤハウェが[わたしのしもべカレブは、別の思いを持ち、わたしに従い通したので、わたしは彼が見て来た土地に連れて行く。彼の子孫はそれを継ぐ。]と宣言したことを思い出してほしいと求めました。

これによりヨシュアは、カレブを祝福して、ヘブロンの山地を与えました。
そしてユダ族は、このヘブロンを含む南部地域をくじ引きで分配されたのです。
この山地はこの時点ではまだ強力なアナク人の都市がありましたが、40年前同様のカレブの[主【ヤハウェ】が共にいてくださるなら、約束通り、彼らを追い払えます。]という信仰により、ユダはアナク人たちを追い出し、この地方の戦いを終えました。

ユダ族の地はイスラエルの中でも南端で、その南側はエドム人(*11)と接します。
また、西側の境界のむこうはイスラエルの宿敵となるペリシテ人の土地で、民数記25章での人口調査でも12部族中で最大の兵役可能人口を持つユダ族がこの地を分配されたことは、くじ引きにはやはり神意が現れているということかもしれません。


*1 カレブが14章で[モーセが…この地方一帯を偵察させたのは、わたしが四十歳のときでした。][今日わたしは八十五歳ですが…]と語っています。
最初の偵察のあとイスラエルは40年を荒野でさまようことをヤハウェから科されましたので、ヨルダン川を渡って戦いが始まったのがカレブが80歳の頃とすれば、12章と13章のあいだは5年くらいということになります。

*2 エジプト脱出後のカナン偵察の時点で20歳以上だった者のうち、「約束の地」に入ることを許されたのはヨシュアとカレブだけでした。つまりその時点で若くても20歳を超えていて、それから40年の荒野時代があり、ヨルダン川を渡ってから約5年が過ぎているので、ヨシュアは若くても65歳。
ただしヨシュアは、エジプト脱出直後のアマレク人との戦闘でも指揮官でした。レビ記27章3と7から兵士は20歳~60歳が中心だったと考えられること、アマレク人との戦闘の時点で指揮官だったヨシュアは、先頭に立って戦える体力があるけれども人々が命を預けてついていくくらいの年齢とすると、45年たって100歳前後かと。
なお、24章にはヨシュアが110歳で没した記録があります。

*3 「パレスティナ」とは「ペリシテ人の地」という意味です。ローマ皇帝ハドリアヌスがユダヤ人の反乱を鎮圧したのち、ユダヤ人を追放して、ユダヤ人が住んでいた土地も含めて「シリヤ・パレスティナ」と改称しました。(これが紀元2世紀のことなので、旧約聖書はもちろん新約聖書にも「パレスティナ」という地名は出てきません。)

*4 現代イスラエルで問題になっている、あのガザです。創世記10章19にも[カナン人の領土は…ガザまでを含み]と記録されている古い町ですが、このヨシュア記で占領すべき土地の一つであると神から言われていることも、イスラエル人がガザにこだわる理由かもしれません。
(2009年9月3日訂正。ガザに「日本から自衛隊も派遣されている」と書いていましたが、自衛隊がPKO派遣されているのはシリアとの国境のゴラン高原でしたので、訂正してお詫びします。)

なお、*3および*4は現代の中東問題について筆者が現代のイスラエルの政府を支持していることを意味するものではありません。逆に反対を表明するのでもありませんし、どちらかへ読者を誘導することも意図していません。
筆者として中東問題について考えるところはありますが、本誌はただ読者の参考になることと、「エルサレムの平和を求め」(詩編122篇6)ることにとどめ、それ以上のことは差し控えたいと思います。

*5 民数記32章参章。⇒民数記第20回

*6 創世記32章後半。当サイトでは創世記第42回

*7 創世記33章中盤。当サイトでは創世記第43回

*8 創世記48章5。当サイトでは創世記第60回

*9 創世記49章7。当サイトでは創世記第61回

*10 民数記13章30~14章10。当サイトでは民数記第7回

*11 イスラエルの祖ヤコブの兄であるエサウの子孫。のちのちまでイスラエルと深く関わることになる。イエス誕生時のユダヤ王ヘロデはエドム(イドマヤ)人。

前へ 上へ 次へ

#155
作成:2006年9月29日
更新:2009年9月3日

布忠.com