ヨシュア記 第6回

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ギルガルの宿営(5章)

約束の地で(5章2~12)

ヨルダン川を渡ったイスラエルはギルガルという地点で宿営しましたが、ここで重要なできごとがありました。割礼【かつれい】と過ぎ越し祭です。

ヤハウェはヨシュアに命じて、イスラエルの男たちに割礼をほどこせと命じました。
割礼とは男性器の包皮を切り取る風習のことです。日本人にはかなり奇妙に思えますが、中東では珍しい風習ではなかったようです。しかしヤハウェはこの風習を、ヤハウェとの契約に参加するしるしとしました(*1)。

男児は生後8日目に割礼を施すという律法はエジプト滞在中も守られていたようで、[(エジプトから)出て来た民は皆、割礼を受けていた]と記録されています。しかし、エジプトにいるときに割礼を受けた世代はこの40年のあいだに、ヨシュアとカレブ(*2)を除いてすべて死に絶えていました。そして、異教国エジプトの中で奴隷だったときでさえ守ってきた「ヤハウェとの契約のしるし」である割礼を、エジプトを出てから生れた者は一人も受けていなかったのです。
その理由は[途中で割礼を受ける折がなく]としか書かれていません。この40年のあいだイスラエルを率いていたモーセは、割礼の重要性を認識していないはずがないと思うのですが。(*3)
荒野の40年がイスラエルの不信仰に対するヤハウェのさばきであったため、ヤハウェから割礼の指示があるまでモーセが控えさせたのではないかとの説もあるのですが、さばきのために自分たちは約束の地に入れなくなった世代であればなおさら、約束の地に入る子供たち世代をヤハウェとの契約に加えるために割礼を受けさせないではいられないと思うのですが。

ともかく、数百年も昔にヤハウェとアブラハムのあいだで結ばれた契約がまさに実現というこの時、割礼を受けて、その契約に参与する者となることが必要でした。

・・・筆者も男なもので、想像するだけで例のものが縮みあがるような思いです。レーザーメスどころか麻酔もない時代に、石器のナイフで急所に切りつけるなんて。
実際、肉体的にもそれなりのダメージがあるようで、傷がいえるまで宿営地から移動することは無理でした。この間に敵に襲われればひとたまりもなかったことでしょう(*4)。そのためにもヤハウェは、自身が力ある神であることを付近の諸部族に見せつけ、[心が挫け、もはやイスラエルの人々に立ち向かおうとする者はいなかった。]という状態にしたのでしょう。さすが神というか、万事ぬかりないです。

ちなみにこの地がギルガルと名づけられたのは[主【ヤハウェ】はヨシュアに言われた。「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)。」そのために、その場所の名はギルガルと呼ばれ、今日に至っている。]と説明されています。割礼によってヤハウェの民となることによって、エジプトで奴隷としてはずかしめられていた時代が完全に過去のものとなったのです。

もうひとつの重要なできごとは、このギルガルで、過ぎ越し祭を祝ったことです。これは約束の地に入って最初の過ぎ越しでした。過ぎ越し祭は割礼を受けている者しか参加できませんから、そのためにもここで割礼を受ける必要があったわけです。
祭の翌日には、この土地の産である麦を祭のおきてに従って「酵母を入れないパン」にしたり、そのまま炒ったりして食べました。するとその日以来、マナ(*5)が絶えたと記録されています。荒野で40年のあいだイスラエルを養ってきたあの不思議な食べ物は、「乳と蜜の流れる地」の産物を食べられるようになった今、不用になったのです。


戦いの準備は整った(5章13~15)

ギルガルで宿営していたとき、ヨシュアが気づくと、[前方に抜き身の剣を手にした一人の男がこちらに向かって立っていた。]と記録されています。
ヨルダン川を渡った今、どこに敵がひそんでいてもおかしくはありません。しかしヨシュアが「味方か、それとも敵か」と誰何(すいか)すると、その人物は[いや。わたしは主【ヤハウェ】の軍の将軍である。今、着いたところだ。]と答えました。

大天使長と呼ばれる存在の一人でしょうか(*6)。ともかくもヨシュアはひれ伏して、ヤハウェは何と言いつけになるのかと尋ねました。しかしヤハウェの将軍はただ、[あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。]と言っただけでした。

この将軍の言葉は、ヤハウェがモーセを召し出したときの言葉とまったく同じです(*7)。これによって、イスラエル救出に派遣されたときのモーセと同じ立場にヨシュアが置かれていることが示されているのですが、それ以上の記録はありません。将軍は何をしに現れたのでしょうか。
「今、着いたところだ」というのが鍵だと思われます。この「今」は、イスラエルの男たちが割礼を受け、約束の地でのはじめての過ぎ越し祭を民をあげて祝った「今」です。つまり、イスラエルがヤハウェとの契約への参画をあらためて表明し、ヤハウェが制定した祭を祝うことで「この約束の地へイスラエルを連れてきたのはヤハウェである」ということを再確認したタイミングなのです。そこへ将軍を派遣したということは、ヤハウェは「わたしはすでに戦いの準備をすませた」ということを伝えたのではないでしょうか。

いよいよ、イスラエルがカナンを手にする戦いが、いえ、ヤハウェがカナンを攻めとる時が目前となりました。


*1 アブラハムとの最初の契約のときに、割礼を契約の証しとすることが制定された。→創世記第24回

*2 40年前の第一次カナン攻略の際、12人の偵察の中でヨシュアとともに、ヤハウェに従って攻めあがることを主張した人物。

*3 イスラエル救出をヤハウェから命じられたモーセがエジプトに向かう際、自分の息子たちが割礼を受けていなかったことが問題になったことがある。→出エジプト記第4回

*4 イスラエルの先祖であるヤコブの息子たちは、敵に「割礼を受ければ和を結ぼう」と言ってだまし、その町の男たちが痛みに苦しんでいるころあいを見計らって攻め滅ぼしたことがある。→創世記第44回

*5 マナは、荒れ野で食べ物をよこせと不平をいうイスラエルにヤハウェが与えた食べ物。朝ごとにウエハースのようなマナが地を覆った。→出エジプト記第15回

*6 ダニエル書に[大天使長のひとりミカエル]という表現がでてきます。

*7 出エジプト記3章4~5。
[神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」]

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#149
作成:2006年1月7日

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