ヨシュア記 第3回

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指導者ヨシュア(1章1~9)

申命記の最後に、モーセが死んでモアブの谷に葬られ、イスラエルが30日のあいだ喪に服したことが記録されていました。そしてヨシュア記は[主【ヤハウェ】のしもべモーセの死後、主【ヤハウェ】はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに言われた。]で始まります。(*1)
そのヤハウェの語られた内容は、ヨルダン川を渡ってヤハウェが約束した土地に入れという「命令」と、その土地を与えるという「命令の実行にともなう約束」でした。

失敗に終った第一次カナン攻略の時点でヨシュアは少なくとも20歳を超えていて、それから40年近くが過ぎています。そんな年齢でヨシュアは、200万を超えていたと言われる一民族の命運を背負うことになったのです。とはいえ、モーセがイスラエル救出の任をヤハウェから命じられたのは80歳のときだったことを考えれば、ヨシュアはまだまだ若い。

さらにヤハウェは、自身がヨシュアとともにあることを保証して励まします。
この箇所が筆者は昔から好きなので、少し長めですが引用します。

一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。強く、雄々しくあれ。あなたは、わたしが先祖たちに与えると誓った土地を、この民に継がせる者である。ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕【しもべ】モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主【ヤハウェ】は共にいる。

この箇所から「おおしくあれ つよくあれ」で始まるマーチ調の子供向け賛美歌がつくられていて、筆者も昔から愛唱しています。
モーセの歩みを従者としてそばで見てきたヨシュアとしては、ここまで励まされ、保証されれば「一つやってやろうじゃないか」というところでしょうか。


渡河用意(1章10~18)

ヤハウェからの召命(使命のために召されること)を受けて、ヨシュアは立ち上がり、「三日のうちにヨルダン川を渡ってカナン地方に入るから食料を用意するように」と民に命じました。(実際の渡河は、このあと斥候が戻るのを待ったため七日目くらいになります)

続いてヨシュアは、すでにヨルダン川の東に土地を得ていたルベン族、ガド族、マナセの半部族に、約束どおり[ヨルダン川の東の地に妻子と家畜を残し、あなたたち、勇士は皆、隊伍を整え、同胞たちに先立って川を渡り、彼らを助けなさい。]と要請しました。(*2)
ただしヨシュア(とヤハウェ)は、家族を守るだけの兵力を残す事は彼らに許したようです。民数記26章の時点ではルベンとガドだけでも8万を超えていますが、ヨシュア記4章12-13ではこの2.5部族の兵力のうちヨルダンを超えたのは約4万と記録されています。


*1 一説には、ヨシュアに率いられたイスラエルがカナンに攻めこんだのは紀元前1250年頃ではないかとも言われています。ただしエジプト脱出の年代も有力なものだけでも前期説と後期説があり、その他多くの説が提案されているなど、聖書の記録の年代特定は困難です。
なお、申命記の最後を受けているように書かれていますが、必ずしも申命記が書かれた直後に続けて書かれたとは限りません。ヘブライの文書の様式として、文書の冒頭から「そして・・・」で書き始めることが多いためです。

*2 民数記32章1~33。→「民数記 第20回」参照。

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#146
作成:2005年10月3日

布忠.com