申命記 第8回

menu

カナン定住後の規定その3(17章8節~20章)

このあたりから、イスラエルの社会のありようについての規定になっていきます。かいつまんで見ていきましょう。

裁判(17章8-13)

裁判について、町の中で裁くのが極めて難しい場合、[主【ヤハウェ】が選ばれる場所]に行って、祭司と当番の裁判人の判決をあおぐこととされました。いわば地方裁判所と最高裁判所です(*1)。

[あなたの神、主【ヤハウェ】に仕えてそこに立つ祭司あるいは裁判人]の判決を無視した場合、死刑です。裁判は神に属することであり、それを無視することはヤハウェに対する反逆ともなるのです。
ここではヤハウェ自身が[民は皆、これを聞くと、恐れを抱き、もはや勝手にふるまうことはないであろう]と言っていることから、死刑あるいはこの裁判規定は、犯罪抑止の意味もあるようです。

王(17章14-20)

イスラエルの政体は、神ヤハウェが王として統治する君主国家ですが、もしイスラエルの民が「人間の王」をもとめるようになったなら、という規定です。

王を選ぶ時の条件は、まずヤハウェが選んだ者(預言者を通して示した者)であること。たとえばイスラエルの初代の王サウルは、ヤハウェが預言者サムエルに「この男がわたしの民を支配する」と示しました(*2)。
また、王はイスラエルの同胞であること。イエス・キリストの生誕当時、ローマのゆるしの下でユダヤを統治していたヘロデ大王は、政治的手腕は非常にすぐれていましたが、イドマヤ人でした。

続いて王の座についた者への警告。
馬を増やすこと、つまりむやみな軍拡が禁止されました。イスラエルは軍事力に頼るのではなくヤハウェに頼るのです。
大勢の妻を持つことの禁止。複数の妻を持つこと自体は(正式な結婚であれば)認められていたようですが、大勢というのが何人以上なのかはわかりません。政略結婚を重ねたソロモン王は、700人の王妃と300人の側室がいたと記録されていますが、[この妻たちが彼の心を迷わせた。]と記録されています。妻たちの母国の宗教に傾いてヤハウェから離れたために、国が乱れ分裂するまでに至ってしまいました。
普通、王や政府が財産を蓄えるのは当然でしょうが、イスラエルの王は[銀や金を大量に蓄えてはならない]とされました。出エジプト記16章のマナの記録から推測するに、必要なものは必要なときにヤハウェから与えられるからという考えなのでしょう。王であっても[明日のことまでを思い悩むな]なのです(*3)。

王位についたら、祭司が保管している律法の書の写本を作って手元に置き、生きている限り読み返して、[神なる主【ヤハウェ】を畏【おそ】れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらのおきてを忠実に守らねばならない]とされました。 第1回でも触れましたが(*4)、この申命記はここから「律法の写し(ミシュネー ハットーラー」とも呼ばれています。

預言者を立てる約束(18章15-22)

[あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。]とモーセは言っています。新約聖書には、キリストであるイエスこそがその「モーセのような預言者」だと書かれています。(*5)

かつてヤハウェがイスラエルに十戒を授けたとき、イスラエルの民はヤハウェの声を直接聞くことを死ぬほど恐ろしいと思いました(*6)。それでヤハウェは民に語る時には、モーセを通して、そして預言者たちをとおして語り、ついには神キリスト自身が人間となって世に生まれ出て神の福音を伝えたのです。

裁判の証人

どんな犯罪も、複数の証言によって立証されることとされ、一人の証人によって有罪とされることはないとされました。

裁判人が調査した際、もし偽証であると判明したら、神ヤハウェの民である同胞をおとしいれようとした偽証者に対して[命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足を報いなければならない]と定められています。つまり、その偽証によって被告が死刑になるところだったというなら、偽証者には死刑を、ということです。
偽証で誰かを有罪にするには、これだけのリスクを背負う者が複数いなければならないとなれば、かなりの抑止力になりそうです。と思ったら、ユダヤ議会がイエスを十字架刑にするときには、偽証者が山ほど出てきたと記録されていますが。(*7)

以前にも触れましたが、「目には目、歯には歯」といういわゆる同害報復のシステムを非人道的と思われるかもしれません。ですがこれは「やられたらやり返せ」という思想ではなく「やられた以上にやり返すな」という、無制限の報復を禁止するものです。むしろ、現代日本の「加害者が責任を負えない精神状態だったら罪に問われず、被害者や遺族は放置される」というシステムを当時のイスラエル人が聞いたら、非人道的と思われるかも?
なお、この同害報復のおきては、イエス・キリストによって「無制限にゆるせ」と改正されました。キリストを信じた人間の罪を神ヤハウェがゆるしたのだから、人間同士もゆるしあうべきだというおきてです(*8)。

戦争について(20章1-20)

イスラエルが出陣する時についての規定です。
まず、敵が圧倒的に優勢に見えても恐れるな、と命じられました。
もし、自国が有する軍事力だけで戦うとしたら、優勢な敵を見ればおじけづくでしょう。しかしイスラエルが戦う時には、彼らの神ヤハウェが共に戦うのです。難民にも等しい奴隷集団イスラエルを守ってファラオとエジプト軍を撃破し、その後もイスラエルの前に立ちふさがる諸民族を打ち破ってきた偉大なる神ヤハウェが、です。
むしろイスラエルが「自分たちの力で勝ったのだ」と思わないために、あえてごくごく少数の兵での出陣をヤハウェが命じることさえありました。(*9)

また、以下のケースでは兵役を免除すると定めました。
○新居を建ててまだ奉献式をすませていない者。万一、戦死して、建てた家に住まないうちに人手に渡ることにならないように。
○ぶどう畑をつくって、まだ最初の収穫(*10)をしていない者。丹精込めて育てたのに自分が収穫しないうちに人手に渡ることにならないように。
○婚約しただけで、まだ結婚していない者。[人が新妻をめとったならば、兵役に服さず、いかなる公務も課せられず、一年間は自分の家のためにすべてを免除される。彼は、めとった妻を喜ばせねばならない。]という規定もあります(*11)。聞いた話しですが、現代のイスラエルでも新婚一年は兵役を免除されるのだそうです。

さらに[恐れて心ひるんでいる者はいないか。その人は家に帰りなさい。彼の心と同じように同胞の心がくじけるといけないから。]という興味深い規定があります。
確かに、恐怖心というのは非常に早く強力に伝染します。40年前に第一次カナン侵攻が失敗したのも、たった10人の恐怖心が二百数十万人の民全体に伝染したためでした。

戦うときには、特定の民族が相手の場合を除いて、まず攻撃しようとする町に降伏を勧告せよと命じられています。降伏するなら、その町の全住民は強制労働です。降伏を受け入れないなら、ヤハウェがその町をイスラエルに渡すので、成人男性はすべて殺し、女、子供、家畜やその他の財産はすべて分捕り品です。

特定の民族とは、ヤハウェが「必ず滅ぼし尽くせ」と命じた、ヘト人、アモリ人などの特に罪深い六族(箇所によっては十族や七族の名になっている)です。もともとイスラエルのカナン移住は、イスラエル人にとっては安住の地を求めての移住ですが、ヤハウェにとってはアブラハムとの約束を果たすためと同時に、罪が極限に達した諸民族を討ち滅ぼすためなのです。


*1 イスラエルの二審制については出エジプト記第18回

*2 サムエル記一9章

*3 マタイ福音書6章25-34

*4 →申命記第1回

*5 使徒言行録3章22ではペトロが、使徒言行録7章33ではステファノが、モーセのような預言者というヤハウェの約束を「イエス=メシア(キリスト)」であることを論証するために用いています。

*6 出エジプト記20章18-19

*7 マルコ福音書14章55-59

*8 マタイ福音書18章21-35

*9 士師記7章

*10 レビ記19章23-25

*11 申命記24章5

おまけ

戦争についての規定で「まず、降伏を勧告しなさい。」と訳されている「降伏」は、原語では「シャローム」つまり平和という単語ですが、「戦うか、それともシャローム勧告を受け入れて強制労働か」という文脈だから、このシャロームは降伏というニュアンスで使われているのでしょう。
これは、罪のために滅ぼされるべき民族が相手である一方、奴隷でさえ割礼を受ければ神の民に加えられるという実績があることをふまえて読むべきなのでしょう。

前へ 上へ 次へ

#133
作成:2003年9月22日
更新:2009年10月3日

布忠.com