申命記 第5回

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選民(7章)

モーセは、神ヤハウェに選ばれた民イスラエルが、神ヤハウェが与える約束の地で、どのように生きるべきかを教えていきます。
その中で私たちの注意を引くのは、現在そこに住んでいる諸民族にどう対するかです。それは、やつらを追い払え、戦う時は必ず滅ぼし尽くせ、協定を結んで共存しようとするな、あわれむな(別の訳では「容赦するな」)、結婚するな、などと、不寛容にもほどがあるとさえ感じる命令でした。

それは、これら偶像崇拝の民がイスラエルをヤハウェから引き離し、そのためにヤハウェの怒りがイスラエルに向けられるからだ、とモーセは言います。それよりむしろ、彼らの祭壇、ご神体の石柱、アシェラの像(木製の女神像)を破壊し、偶像を火で焼き払うことが、イスラエルのなすべきことだと言うのです。

そもそもこのイスラエルの移住は、イスラエルにとってはエジプトでの奴隷状態を脱して安住の地を求めての移住ですが、それ以前に神ヤハウェにとっては、カナンの諸民族を罰するためにイスラエルをもちいるという目的なのです。
昔、ヤハウェはアブラハムに、子孫がエジプトに移住することと、カナンに住む民の罪が満ちた時に彼らが戻ってくることを予告していました(*1)。

そうは言っても、難民にも等しいイスラエルが、ヤハウェ自身「イスラエルにまさる数と力を持つ」という諸民族を自力で追い出したり滅ぼしたりできるわけがありません。しかし[地のおもてにいるすべての民の中からあなた【イスラエル】を選び、御自分の宝の民とされた]神ヤハウェが、それを実現するのです。

ではなぜイスラエルなのか。なぜイスラエルが「選民」なのか。モーセはこう言っています。

主【ヤハウェ】が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主【ヤハウェ】の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主【ヤハウェ】は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。

「心引かれて」と訳されているのは「恋慕って」という意味の言葉です。イスラエルがどうだからというのではない、ヤハウェの一方的な恋心のゆえに、イスラエルは選ばれたのです。

荒野での訓練(8章)

ということは、イスラエルがヤハウェの愛に答えないなら、あるいはほかの神々との関係を求めるなら、イスラエルとヤハウェの関係はなくなるのです。が、イスラエルはヤハウェを愛すると明言しました。
神ヤハウェとイスラエルが相思相愛であるなら、イスラエルにはただ繁栄だけがあります。もしイスラエルがヤハウェの愛に背を向けるなら、[主【ヤハウェ】があなたたちの前から滅ぼされた国々と同じように、あなたたちも、あなたたちの神、主【ヤハウェ】の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る]のです。

それを教えるために、この40年間の荒れ野の経験があったのだ、とモーセは教えています。
この40年のあいだ、イスラエルがヤハウェにそむけば、敗戦と苦しみがありました。イスラエルがヤハウェに従えば、誰も味わったことのない天からの食物マナが与えられました。
40年も約束の地に入れずにいたのはイスラエルがヤハウェに従わなかったからですが、その間の経験さえもヤハウェが[人はパンだけで生きるのではなく、人は主【ヤハウェ】の口から出るすべての言葉によって生きることをあなた【イスラエル】に知らせるためであった](*2)のだということを、モーセはさとり、民に教えたのです。

荒野での失敗(9章~10章11節)

これからイスラエルは、[誰がアナクの子孫に立ち向かいえようか]ということわざにさえなっていた敵を打ち破ろうとしています。しかしイスラエルに勝利を与えるのはヤハウェです。

それでモーセは、イスラエルに警告します。
我々が正しいので、ヤハウェはこの土地を得させた、と思うな。この国の民がヤハウェに逆らうから、またイスラエルの先祖アブラハムたちとの誓いをヤハウェが果たすから、ヤハウェがこれらの民を追い払うのである。イスラエルが正しいのではない。むしろイスラエルは頑迷な民である。

実際、イスラエルはエジプトを出て以来、ヤハウェに背き続けてきました。ここまで聖書を読んできた方、あるいは出エジプト記シリーズから本誌を読んできてくださった方は「こんなに神にさからいつづけて、これでどうしてユダヤ人が神の選民などと名乗れるのか」と驚いたのではないでしょうか。そしてこのあとも、旧約聖書の歴史書は、イスラエルのヤハウェに対する反逆の歴史になっているのです。

ホレブ(シナイ山)で十戒をさずけられたときでさえ、そうでした。雷鳴や天からのラッパが鳴り響き、目のそらしようもなく確かに神ヤハウェがここに臨んでいるという状況で、イスラエルはヤハウェにそむき、つくりものの牛を「これが我々の神だ」といっておがんだのです。
タブエラ(*3)でも、マサ(*4)でも、キブロト・ハタアワ(*3)でも、イスラエルはヤハウェに背きました。そしてカデシュ・バルネアでいよいよ約束の地に入ろうとしたときもそうだったのです。
そのたびごとに、ヤハウェは「もうイスラエルを滅ぼそう」と言いましたが、モーセの必死のとりなしによってイスラエルは滅びをまぬがれ、ヤハウェがイスラエルの先祖に誓った地に入ろうというところまで再び来たのです。

イエスの時代には、ユダヤ人は「我々は聖なる選民であって、異邦人どもはヤハウェを知らないけがれた民だ」という意識を持っていたようですが、旧約聖書に記録された彼らの歴史は、決して誇れる足跡ではありません。確かにイスラエルは、諸民族と神ヤハウェのあいだに立つ祭司民族ですが、その真実は「神に選ばれる価値のまったくないイスラエルが、それでも神の一方的な愛によって選ばれた」ということなのです。

ヤハウェが求めていること(10章12節~11章)

そんな反逆だらけのイスラエルに、神ヤハウェが求めていることは何か。モーセのメッセージは続きます。

イスラエルよ。今、あなたの神、主【ヤハウェ】があなたに求めておられることは何か。
ただ、あなたの神、主【ヤハウェ】を畏れてそのすべての道に従って歩み、主【ヤハウェ】を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主【ヤハウェ】に仕え、わたしが今日あなたに命じる主【ヤハウェ】の戒めとおきてを守って、あなたが幸いを得ることではないか。

イスラエルは今、カナンに入りそこに定着しようとしています。その時には、これらの戒めをかたく守るようにと、くどいほど繰り返しモーセは念を押すのです。

これまでイスラエルは、目の前にヤハウェがいるというのに、反攻しつづけてきました。それは訓練だったとモーセは言いましたが、これからカナンに入ってから生まれる世代は、その訓練を経験しないのだから、今の世代はなおさら心しておかなければなりません。
先祖はたった70人でエジプトに移住したのに(*6)、今やヤハウェはイスラエルを天の星のように数多くしたこと(*7)。エジプト全土とファラオを、ヤハウェはしるし(奇跡)で叩きのめし、エジプト軍の軍馬と戦車を葦の海(紅海)で滅ぼしたこと。コラがダタンとアビラムなどと組んで反逆した時には、大地が口を開けて、同調者もろとも飲み込んだこと。それらヤハウェの偉大なわざを、あなたがたの世代は自分の目で目撃してきた。
誰かが言ったのでもなく、由来もわからない経典に書いてあるのでもなく、自分の目で見てきたヤハウェの偉大さを、決して忘れてくれるな、とモーセは訴えているのです。


*1 創世記15:13-16

*2 キリストであるイエスも、サタン(悪魔)と戦う際にこの申命記のことばを引用しました→マタイ福音書4:1-4。「米も肉も野菜も必要だ」という意味ではありませんので、念のため。

*3 タブエラ、キブロト・ハタアワ→民数記11章(→当サイト民数記第5回

*4 マサ→出エジプト記17章(→当サイト出エジプト記第16回

*6 創世記46:27(→当サイト創世記第58回

*7 ヤハウェのアブラハムへの誓い「あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。」(創世記22章17)の実現。

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#130
作成:2003年5月12日

布忠.com