申命記 第2回

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序文(1章1節~5節)

[モーセはイスラエルのすべての人にこれらの言葉を告げた。]
これが申命記の最初のことばです。誰が誰に告げた言葉なのかが、最初に明確にされています。[これらの言葉]とは何かというと、[モーセは、ヨルダン川の東側にあるモアブ地方で、この律法の説き明かしに当たった。]と説明されています。

さらに[ヨルダン川の東側にある荒れ野で…]と、どこで告げたのかが長々と説明されています。

また[第四十年の第十一の月の一日][モーセがヘシュボンに住むアモリ人の王シホンを撃ち、アシュタロトに住むバシャンの王オグをエドレイで撃った後のこと]と、いつ告げたのかも詳しく書かれています。

何かに似ていませんか?
実は法律の発布に似ているのです。たとえば日本の法律は「○○に関する法律」と題が書かれた後、「公布:平成○年法律第○号」というように、「いつ」が明記されます。日本の法律は日本国内とわかってますから「どこで」はありませんが、法律によってはさらに前文が記された上でやっと条文に入ります。

国家間の条約にも似ているといえます。なんの条約なのか、いつ、どういうわけで締結されたのかが書かれてから、各条項の記述が始まります。
申命記自体の構成が、神ヤハウェとイスラエルの条約になっているのです。宗主権条約というのは一方が宗主国となり他方がその支配や庇護を受けるものですが、エジプトで政治にたずさわった経験のあるモーセは、ヤハウェがイスラエルの支配者であることを、当時の宗主権条約の様式で示したのでしょう。


前史(1章6節~3章)

「どこで告げたのか」の記録の中で、そこがホレブつまりシナイ山から11日の道のりの地点であることが記録されています。それをイスラエルは、自分たちの罪のために38年(エジプト脱出からは40年)もかかってしまったのです。
その間の経緯が、モーセの第一説教として語られています。宗主権条約では、条文の前に、両国のそれまでの関係が述べられますが、モーセはここで、これまでのイスラエルとヤハウェの関係を述べているのです。

シナイ出発

イスラエルとヤハウェの関係は、この時より約400年前のアブラハムの時代にまでさかのぼりますが、モーセの第一説教では、エジプトを脱出したあと、シナイ山でヤハウェから十戒をさずかったところから始まります。
ここでイスラエルはヤハウェの言葉に従って、[主【ヤハウェ】が先祖アブラハム、イサク、ヤコブに、彼らとその子孫に与えると誓われた土地]に向かって出発しました。

大きなつまづき

シナイ山を出発したイスラエルは、約束の地カナンの西側、カデシュ・バルネアに着きました。そこでモーセは民に[見よ、あなたの神、主はこの土地をあなたに与えられた。]と布告しました。完了形で、ヤハウェがイスラエルにカナンをすでに与えたと言っているのです。
そこでモーセは[あなたの先祖の神、主が仰せになったとおり、上って行って取りなさい。]と号令したのです。400年ごしのヤハウェの約束がついに実現する瞬間、モーセはどれほどの喜びの中にあったことか。

さっそく、各部族の代表12人が偵察に行きました。ところが40日後に帰ってくると、カレブとヨシュアを除く10人が、カナンに住むアモリ人たちの強力さに恐れをなして民を扇動したのです。イスラエルは、敵が自分たちを殺して子供たちを奪うと言って、約束した地に背を向けてしまいました。

そのときをモーセはこう振りかえっています。

わたしはあなたたちに言った。「うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。あなたたちに先立って進まれる神、主【ヤハウェ】御自身が、エジプトで、あなたたちの目の前でなさったと同じように、あなたたちのために戦われる。また荒れ野でも、あなたたちがこの所に来るまでたどった旅の間中も、あなたの神、主【ヤハウェ】は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださったのを見た。」

全能の神ヤハウェがイスラエルとともにいる証拠が、常に彼らの見えるところにあったのです。でも結局、イスラエルは心をあらためようとはしませんでした。「聖書に書いてあるような奇跡を見たら信じる」という声を聞くことがありますが、奇跡を見たって信じられない人には信じられないのです。

信じないイスラエルに、ついにヤハウェは怒りを向けました。カレブとヨシュアを除く大人たちが約束の地を見ることはなく、その世代が死に絶えるまでのあいだ、偵察した40日間のゆえに40年を荒れ野で生きると定めたのです。
でもヤハウェは、契約違反を繰り返すイスラエルを見捨てることはできませんでした。イスラエルが「敵に奪われてしまう」と言った子供たちの世代になってからカナンに入ることを許すとしたのです。

しかしイスラエルの大人たちは絶望し、カナンに攻めこもうとしました。でももう遅い。今はすでに、ヤハウェは「引き返せ」と言っているのです。なのに戦いに行くのは、不従順の上にさらに不従順をかさねるものでしかありません。
戦いのぼった彼らは結局、散々に打ち破られました。ヤハウェ抜きでも自力で勝てると傲慢になったのか、それとも荒れ野で野垂れ死ぬよりは約束の地に向かって行って倒れようと思ったのか。

約束を守るヤハウェ

はじめての大敗北ののち、イスラエルは荒れ野に出て行きました。このときヤハウェは興味深いことを命じています。
長い間セイルの山地をめぐったとき、ヤハウェは、「セイルに住むエドム人はイスラエルの親族エサウの子孫の領地だから、彼らと戦ってはならない」と言っています。また、モアブ人の町アルについては「そこはすでにロトの子孫に領地として与えた」と言っています。さらにアンモン人の土地についても[彼らを敵とし、彼らに戦いを挑んではならない。わたしはアンモンの人々の土地を領地としてあなたには与えない。それは既にロトの子孫に領地として与えた。]というのです。

遠い昔、アブラハムの息子イサクには、ヤコブとエサウの双子が生まれました。ヤコブの子孫がイスラエルの12部族となったのですが、ヤハウェはアブラハムとの約束のゆえに、アブラハムの子孫であるエサウも祝福したのです。
また、ロトはアブラハムの甥で、ヤハウェに従ってアブラハムとともに故郷を出発し、カナンに移住した人です。罪の街ソドムの住人にもなったのですが、やはりアブラハムのゆえに、ヤハウェはロトとその子孫を忘れることはなかったのです。

このためにイスラエルは迂回また迂回の旅路でしたが、[この広大な荒れ野の旅路を守り、この四十年の間、あなたの神、主【ヤハウェ】はあなた(イスラエル)と共におられたので、あなたは何一つ不足しなかった。]とモーセは振りかえっています。

新世代イスラエル

荒れ野での生活も38年。その間に、当時大人だった世代はすべて死にましたが、それについて[主の御手が彼らに向けられ、陣営に混乱が引き起こされ、彼らは死に絶えたのである]と書かれています。混乱とはなんだったのか具体的な記録はありません。

こうして文字通りに世代交代したイスラエルに、ヤハウェは前進を命じました。
ヤハウェはイスラエルに、約束の地を与えたいのです。けれど38年前には、イスラエルは恐れて戦えなかった。そんな彼らに「立ち上がれ」「進め」「渡りなさい」「見よ」「戦いを挑め」「占領せよ」「開始せよ」と命令形の連続です。

戦うか、戦えるか、おびえるこころよ。

いえ、今回のイスラエルに恐れはありませんでした。イスラエルはヨルダンの東で、ヘシュボンの王シホンを滅ぼし尽くし、さらにバシャンの王オグとその王国(高い城壁で守られた要害の町が60と村落)を滅ぼし尽くしたのです。

こうしてヨルダン側東岸で占領した土地は、ルベン族とガド族が求めたので、彼らとそしてマナセ族の半分に与えられました。
ここが、イスラエルの最初の領土となったのです。はるか昔、ヤハウェはアブラハムに、見渡す限りの土地を与えると約束しました(*1)。アブラハムが生前に手に入れた土地は、法外な大金で買った墓地用の洞窟だけでしたが(*2)、今、ヤハウェの約束が実現しはじめたのです。

新世代の指導者

指導者も世代交代の時が近づいていました。カデシュのメリバでの一件(*3)のために、モーセ自身も約束の地へ入ることはできないのです。

モーセはヤハウェに[どうか、わたしにも渡って行かせ、ヨルダン川の向こうの良い土地、美しい山、またレバノン山を見せてください]と願いましたが、ヤハウェはモーセに[もうよい。この事を二度と口にしてはならない。]と言ったと、モーセは記録しています。
これはヤハウェの憤りのため、つまり自分がヤハウェの裁きを受けるようなことをしたためであるとモーセ自身が言っていますが、筆者にはそれだけとは思えません。

愛であるヤハウェは、ここまで文字通り不惜身命でがんばってきたモーセを、約束の地に入れてやりたい。けれど正義であるヤハウェは、「かわいそうだから大目にみてあげよう」と正義を曲げることができない。そんな全能者の苦悩が「もう言わないでくれ」なのではないかと思うのです。

それでもヤハウェは、[ピスガの頂上に登り、東西南北を見渡すのだ。お前はこのヨルダン川を渡って行けないのだから、自分の目でよく見ておくがよい。]と、約束の地を見ることだけは許したのでした。
そして[ヨシュアを任務に就け、彼を力づけ、励ましなさい。彼はこの民の先頭に立って、お前が今見ている土地を、彼らに受け継がせるであろう。]と、新世代イスラエルのための新しい指導者としてヨシュアを立てたのです。


*1 創世記13章13-15。→当サイト創世記第19回

*2 創世記23章。→当サイト創世記第30回

*3 創世記20章1-13。→当サイト創世記第12回

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#127
作成:2003年3月25日
更新:2003年3月26日

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