申命記 第1回

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申命記の基礎知識

お待たせしました。今回から、旧約聖書の第5巻「申命記」に入ります。
第1回は例によって、申命記の全体を簡単に押さえておきます。

タイトルと位置付け

そもそも『申命記』ってどういう意味?と思う方も多いのではないでしょうか。というかそれ以前になんて読むんだ?
これは「しんめいき」と読みます。もともと日本語ではなく漢語です。日本語訳聖書より先に翻訳されていた漢語訳聖書で、旧約の第5巻につけられていたタイトルが『申命記』。漢和辞典によると「申命」とは「繰り返して命じる」という意味だそうです。

ヘブライ語聖書では、「これらはことばである」というタイトルです。書名のないのが普通である古代の文書を、冒頭の単語をタイトル代わりに使っているものです。

もう少し内容を表して「律法の写し」(ミシュネー ハットーラー)と呼ばれることもあります。これは17章に、王が即位したときにはこの巻の写本を作り、手元に置いて一生読み返し、この書に忠実であるように、と書かれているところから来ています。
申命記はそれほど重要であり、モーセ五書のエッセンスになっているわけです。というわけで、申命記から読み始めるのはもしかするとお得かもしれません。

ついでに触れると、後のヨシヤ王の時代、エルサレム神殿の修復の際に律法の書が発見されたことが、列王記二22章に記録されています。ヨシヤ王はこの書にもとづいて、堕落していたイスラエルで宗教改革をおこなったのですが、このとき発見された律法こそ申命記であると言われているのです。

書名の話しに戻りますが、ヘブライ語の旧約聖書をギリシャ語に訳した『七十人訳』と呼ばれる翻訳があります。この七十人訳に訳されるときに、「ミシュネー ハットーラー」が「第2の律法」と訳されました。「律法の写し」と意味が近いですが、ちょっと誤訳っぽいですね。でもその後のラテン語訳や英訳でも七十人訳にならっていて、それが漢語聖書で「繰り返し命じる」となったようです。

せっかく日本語訳という偉業にいどんでいるのだから、日本語で意味が通じる書名にしてほしいなと思っています。ただでさえ難解という印象を与える聖書が、タイトルからして難解では。
(書名の変更というのはおおごとかもしれませんが、90年代に出された新共同訳では、それまで「伝道の書」としていた旧約第21巻の書名を、これは著者の署名があるので「コヘレトの言葉」というタイトルに改めた例があります。)

著者

本書は旧約聖書の冒頭の「モーセ五書」と呼ばれるものの最後に位置しています。この五書はモーセが書き記したものとして「扱われて」います。
と言っても、実際にモーセが筆をとって、一巻にまとめたものではありません。だってモーセの死と、その後イスラエルが喪に服したことまで書かれていますから。モーセの存命中に神ヤハウェが、モーセの死後のことをモーセに啓示していた、と想像するこもできますが、そうだとしたらモーセのスタイルとしては「主はモーセに語られた」と添えていたことでしょう。

おそらく、モーセのメッセージを書記が書きとめ、モーセの最後の様子も記録したか、あるいは語り部のような人たちによって口伝で伝えられ、のちに1巻にまとめられるときに、一緒に伝えられていたモーセの最後の様子も書き記したのでしょう。

1章5節に[モーセは、ヨルダン川の東側にあるモアブ地方で、この律法の説き明かしに当たった。]と書かれているので、本書の内容の中心はモーセが民に残した言葉であることは確かです。だから実質的には「モーセが著者」と言ってしまってもいいでしょう。当時のイスラエルや現代の私たちがこの内容に触れられるのは、神ヤハウェがモーセをとおして提示したからなので、当サイトでは「モーセが著者」ということで進めます。

内容

おおまかに言って、だいたい1章から4章がモーセの第1の説教で、エジプトを出てからの記録などが中心となっています。
4章から26章がモーセの第2の説教で、ヤハウェから受けた十戒のことにはじまり、多くの規定について「繰り返して命じ」ているものです。
そしてヨルダン川を渡ったときのための指示をしたあと、29章から30章がモーセの第3の説教となっていて、この新世代イスラエルによる契約更新となっています。

神ヤハウェによってエジプトから救出されたイスラエルは、約束の地カナン(現在のパレスティナ地方にほぼ相当)を目指して進んできました。途中、ヤハウェに反逆したために40年も近東の荒野を放浪することになりましたが、やっとヨルダン川東岸にたどりついたところまでが、民数記までに記録されていました。
その間にヤハウェから、多くの律法つまり掟【おきて】が提示されていきました。それらは人と人の関係(国家としての秩序や社会生活を維持するため)をさだめる法令集であり、また人と神ヤハウェの関係をさだめる契約書でもありました。

ここまでヤハウェに従ってイスラエルを指導してきたモーセも、死が近づいていました。
もともとヤハウェに召し出されてイスラエル救出に派遣されたのが、すでに80歳のとき。それから40年もかかったのだから、もう120歳です。120歳にしてはえらく元気なじいさまですが、それでも死の時が近づいていました。一度の、でも大きな失敗のために、モーセもまた出エジプト世代同様、ヨルダン川を渡って約束の地に入ることができないのです。

そんなモーセが最後に、これまでを振りかえり律法をあらためて民全体の前に示しているのがこの書なのです。何しろこの時点のイスラエルは全員が、エジプト脱出時もシナイ山でヤハウェから十戒をさずかったときも、未成年だったか生まれてなかった世代なのです。自分がどこへ行くかは心配していなかっただろうモーセにとって、唯一最大の心配は、自分が亡きあとのイスラエルがどこへ行ってしまうかでした。それで、全34章にもわたる申命記を残したわけです。

これはモーセから、ヨルダン川を越えて行くイスラエルへの、決別のメッセージであり遺言なのです。

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#126
作成:2003年3月11日

布忠.com