民数記 第19回

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ミディアン征討(31章)

ミディアンの罪

人口調査をおえて新世代イスラエルの様子が把握されたところで、いよいよミディアン人と戦うときがきました。

ミディアンが何をしたかは民数記25章(*1)に記録されています。簡単に振りかえると、モアブの王とミディアンの長老たちは、連戦連勝のイスラエルを恐れ、バラムを招いてイスラエルを呪おうとしました。しかし神ヤハウェがイスラエルを祝福しているためにバラムはイスラエルを呪うことができなかったのです。

そこでバラムは、おそらくイスラエルをヤハウェの祝福から分断しようと考えたのでしょう、モアブの女たちとミディアンの女たちに、イスラエルの男たちを誘惑させたのです。イスラエルの男たちはまんまと誘いに乗りやがて、女たちの影響を受けてか、女たちの歓心を買おうと思ってか、彼女たちが奉じるカナンの神々を進んで礼拝しはじめました。

この契約違反のゆえに、ヤハウェからの災厄がイスラエルを襲い、2万4千人が死亡。イスラエルの指導者立ちの中にもこのとき罪を犯した者がでましたが、その一人を大祭司エルアザルの子である祭司ピネハスがヤハウェのへの忠義のゆえに討ち取り、これでようやくヤハウェの怒りの災厄がおさまったのです。

この災厄、誰が悪かったのでしょうか。読者、とくに女性の方は、「男がアホなのよ」と思われることでしょう。筆者もそう思います。それでイスラエルは、ヤハウェの裁きを受けたのです。
しかしそれで終わりにはなりませんでした。罪を犯したアダムとエバが裁かれたとき、罪を犯させた蛇(サタン)も裁かれたように、イスラエルに罪を犯させた者たちも裁かれるのです。それでイスラエルにミディアンを討てとの命令が、ヤハウェから出ました。

戦い

戦いの前に、ヤハウェがモーセに[イスラエルの人々がミディアン人から受けた仕打ちに報復しなさい。その後、あなたは先祖の列に加えられるであろう。]と言っています。これがモーセの最後の仕事になるのです。
この命令を受けたモーセは、民に[ミディアン人に対して主のために報復するのだ。]と布告しました。自分の意思で罪を犯すことを選んだイスラエルには、罠だったとはいえ自分たちのために報復する資格はありません。この戦いは、神ヤハウェにとっての、自分の民イスラエルを奪おうとしたミディアンに対する報復の戦いなのです。

12部族から千人ずつ、計1万2千の陣容がととのいました。先頭に立つのは、あの祭司ピネハス。大祭司エルアザルは契約の箱とともに幕屋に残り、先の事件のときに民と神から信頼を得たピネハスが従軍祭司として送り出されたのでしょう。彼の吹くラッパとともに1万2千は出陣、ミディアンの5人の王を倒し、女たちを使うだけで正面からイスラエルと戦おうとしなかたったミディアンの男どもを皆殺しにしました。そして女や子供を捕虜にし、家畜や財産など富のすべてをうばうと、神ヤハウェに敵したミディアンの町や村をすべて焼き払ったのです。
このとき、あのバラムも殺されました。神であるヤハウェの力を認めながら、策を弄してイスラエルを陥れバラクから褒美をもらおうとした男の末路でした。

あれ?ミディアンの女たちを捕虜として連れてきた?このミディアン征討の目的を考えれば、むしろイスラエルを陥れたミディアンの女たちこそが敵なのでは?
モーセも、捕虜を連れて帰った指揮官たちに大激怒しました。[女たちを皆、生かしておいたのか。ペオルの事件は、この女たちがバラムにそそのかされ、イスラエルの人々を主に背かせて引き起こしたもので、そのために、主の共同体に災いがくだったではないか。]
スケベ心が「捕虜としてイスラエルのうちに入れてしまえば、彼女たちによってカナンの神々に向かうこともない」とでも計算させたのかもしれませんが、そんなごまかしはモーセには、そして神ヤハウェには通用しません。
こうして捕虜の女子供も皆殺しとされたのです。ただし「男を知らない女」3万2千人は、イスラエルの男たちを誘惑するのに加わっていなかったことになりますから、処刑をまぬがれてイスラエルの捕虜となりました。

戦いの後、イスラエルの兵たちも捕虜たちも、7日のあいだ宿営に入ることを禁じられました。戦場にいた者は「死体にふれた者はけがれている」という律法の規定を受けるのです(*2)。
清めなければならないのは人だけではありません。祭司エルアザルの指示のもと、人々は三日目の七日目に沐浴して身を清め、武器や分捕り品のうち火に耐えられる金属類は火で清め、服など燃えてしまうたぐいは水で清められました。

略奪品

兵たちが持ちかえった戦利品のうち、家畜は羊67万5千、牛7万2千、ロバ6万1千。捕虜の最終的な人数は処女が3万2千でした。
ヤハウェはこれらのうち、半数を出陣したものたちの取り分とし、半数を民全体でわかちあうこととしました。また、兵たちは取り分の中から1/500が、民は取り分の中から1/50が、祭司に渡されレビ族の取り分とされました。

イスラエル60万余の軍のうち1万2千だけが出陣したのは、このヤハウェの戦いをイスラエルが自分たちで勝ったと思うようなことがないためでしょう。しかし出陣した者がすべてを手に入れては、今後神ヤハウェのためでなく略奪目当ての欲から戦場に出たがる者も増えるでしょう。

総括

この戦いでイスラエルが滅ぼしたミディアンは、ミディアン人の全部族ではありません。ミディアン人はこののちも聖書に登場してきますので、この地域(エリコに近いヨルダン川東岸)に住んでいたミディアン人の部族ということです。それでも、処女の捕虜だけでも3万2千人だったということは、かなりの勢力とイスラエルは戦ったのです。しかもたった1万2千人で。
しかし指揮官たちが部下を点呼すると、1万2千人は一人の未帰還兵もなかったと記録されています。

驚いた指揮官たちは、戦利品の中から金の飾り物をヤハウェに奉納しました。戦利品のうち捕虜と家畜は分配されましたが、その他のもの、貴金属や服飾品等はそのまま兵士の取り分となったようです。ラクダにまで首飾りをするミディアン人(*3)の地からは、そうとうな戦利品を略奪できたことでしょう。しかしその戦利品を、指揮官たちは奉納してしまいました。金の総重量で16,750シェケル(1シェケル=11.4gとして、190.95kg)だったと記録されています。それを丸ごと奉納してしまった指揮官たちの驚きが知れます。彼らはこの事態を、ヤハウェによる奇跡だと理解したのです。最初にモーセが言った通り、この戦いはヤハウェの戦いだったのです。

31章の数字は誇張が多いのではという見解もあるようですが、指揮官たち自身がこれほど驚き神ヤハウェに感謝した記録が、すべて事実だという証拠に思えます。

おまけ

捕虜としたものをさらに処刑するというのは、現代なら戦犯に問われますが、イスラエルの敵となったのはミディアンの兵士たちではなく、女たちでした。
歴史に「もし」はないと言いますが、仮にミディアンの男たちが正面からイスラエルと戦い、女たちをまきこまなかったなら、あるいは違う結果になっていたのかもしれません。
いや、それ以前に、イスラエルがエジプトから戻ってきたのは、カナンの諸民族の罪が満ちたからなのです。イスラエルは、神ヤハウェがカナンを裁くために用いられているにすぎません。このあともカナン制圧を進める上で、死屍累々の光景が記録されていきますが、それは滅ぼされるべき者が滅ぼされるのであって、イスラエルが罪を犯せばイスラエルにもヤハウェの裁きが向けられるのです。

イスラエルでは、奴隷の地位は法的に守られます。「処女の捕虜を分配」などと聞くと想像をたくましくしてしまう方もあるかもしれませんが、女奴隷に性的虐待することはできないし(女奴隷に手をつけた場合は、正妻同様にあつかわなければならない)、主人の暴力で奴隷が失明したり歯を折ったりしたら自由の身にしなければならないという規定もありますから、奴隷に乱暴することもできません。安息日の労働禁止規定(つまり週休1日)は奴隷にも適用されます。
「自分の奴隷にむかっては、自分たちがエジプトで奴隷だった頃のことを考えて行動せよ」というのがイスラエルの奴隷制度の根幹にあるのです。(参考:奴隷について

ところで。ミディアンの女たちの色香に惑わされたイスラエルの男たちを「アホ」と書きました。
でもね。聖書にはいろいろな罪が列挙されていますが、性的な不適切というのが、意外とがもっとも陥りやすい罪じゃないかと思うのです。


*1 民数記25章

*2 死体にふれた者
民数記19章11-13「どのような人の死体であれ、それに触れた者は七日の間汚れる。彼が三日目と七日目に罪を清める水で身を清めるならば、清くなる。…死者の体に触れて身を清めない者は、主の幕屋を汚す。その者はイスラエルから断たれる。」

*3 士師記8章26に、ミディアン人がらくだの首に巻きつけていた飾り物が出てくる。

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#123
作成:2003年2月19日
更新:2003年2月20日

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