民数記 第8回

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不信仰の代償(14章11節~45節)

イスラエルの不信仰(契約違反)に対するヤハウェの反応は[この民は、いつまでわたしを侮るのか。彼らの間で行ったすべてのしるし(奇跡)を無視し、いつまでわたしを信じないのか]というものでした。当然でしょう。いよいよ約束の地というゴールに入ろうというときに。
そして、イスラエルを疫病で滅ぼし去り、ただモーセを残して、彼から強大な国民を生み出そう、と告げたのです。アブラハム一人からイスラエルの民をつくりだしたように。

いったい、イスラエルがここにいたるまでに、自分たちの力でできたことが何かひとつでもあったでしょうか。
エジプトから解放されたのは、自力で自由を勝ち取ったのでしょうか。エジプトが精鋭戦車部隊を先頭に追撃してきたとき、自力で撃退したでしょうか。はじめてアマレク人が来襲したとき、自力で優勢に戦えたでしょうか。荒野で水やパンや肉を欲した時、自力で得たでしょうか。
すべてヤハウェが戦い、与え、まるで親猫が仔猫を口でくわえて運ぶようにここまで連れてきたのではなかったでしょうか。

そのヤハウェが「カナンを与える」というのだから、イスラエルは進んでいくだけでよかったはずです。イスラエルはヤハウェが導くままに前進すれば、シーザーのように「来た。見た。勝った」となったのです。
なのに。イスラエルは、敵を見て恐れました。確かに彼らが自分たちの力だけで戦わなければならないとしたら、とうてい勝てる戦いではありません。でも戦うのは彼らとともにいる全能者であり、彼らはただ信じるだけでよかったのに。

しかしモーセは、はいわかりました、などとは言えませんでした。やりたくもない大役を命じられここまで苦労してきたのは、自分が偉大になりたいからではなく、ヤハウェの民イスラエルのためだったのです。それにいくら自分の子孫がヤハウェの民として強大になっても、その時には周囲の民は「モーセの神は、与えると誓われた土地にイスラエルを連れて行くことができないので、荒れ野で彼らを殺したのだ」と、モーセの民とヤハウェを軽蔑するでしょう。天地の主である神ヤハウェが、異邦の民にあなどられるようなことをしないでください、とモーセは訴えました。ヤハウェ自身が出エジプト記34章6で言ったように[忍耐強く、慈しみに満ち、罪と背きをゆるす方]ではないか、と。[どうか、あなたの大きな慈しみのゆえに、また、エジプトからここに至るまで、この民をゆるしてこられたように、この民の罪をゆるしてください]と。

正義であるヤハウェはイスラエルの罪を罰さないというわけにはいかないのものの、愛であるヤハウェはモーセの直訴を受けて、判決を変更しました。
[あなたの言葉のゆえに、わたしはゆるそう。しかし…わたしの栄光、わたしがエジプトと荒れ野で行ったしるしを見ながら、十度もわたしを試み、わたしの声に聞き従わなかった者はだれ一人として、わたしが彼らの先祖に誓った土地を見ることはない]
そして、ヤハウェへの信仰をつらぬいたカレブとヨシュアの二人を除くイスラエルの20歳以上の者はすべて、ヤハウェが誓った土地に入ることはないと宣告されたのです。20歳未満の者たち、つまりイスラエルが「敵に奪われてしまう」と言った彼らの子供たちだけが、カナンの地を手にすることになりました。

といっても、大人たちがこの場で全滅し、子供たちだけでただちにカナンの地を手にすのではありません。
ヤハウェは、向きを変え、荒れ野に向かって出発するように命じました。偵察隊が行き巡った40日という期間に応じて40年間が定められ、この間イスラエルはカナンを征服することはかなわず流浪の民となり、その間に現在20歳以上の者は死に絶えてから、子供たちがカナンに入るとされたのです。

絶望的な進軍

この判決の確かさを見せるかのように、ヤハウェは偵察隊のあの10人だけはその場で討ちました。
こうしてイスラエルは、自分たちがいったい何をしてしまったのかを悟らされました。そして彼らは………[さあ、主が約束された所へ上って行こう。我々は誤っていた]と、アマレク人とカナン人に攻め上ろうとしはじめたのです。

あやまちに気付いたのだから今からでももとの道に戻ろうというのでしょうか。でも刑が確定してから、犯罪を犯す前に戻ろう、と言ってもすでに遅すぎです。なすべきことは刑に服することです。
イスラエルがヤハウェに従うのなら、ヤハウェの命令に従い荒れ野に向かって出発するのが、なすべきことなのです。10人が死んだのを目にしながら、さっきはヤハウェへの不従順のために攻め上ろうとしなかった彼らが、今度はヤハウェへの不従順のために攻め上ろうとしているだけなのです。

モーセは[あなたたちは、どうして主の命令にそむくのか。成功するはずはない。主があなたたちのうちにおられないのだから、上って行ってはいけない。敵に打ち破られてはならない]と止めようとしましたが、誰も聞こうとはしませんでした。そして幕屋の『契約の箱』を宿営に残して攻め上り、しかし全能者がともに戦わない今は自力で強大なアマレク人やカナン人に勝てるわけもなく、打ち破られて壊走したのでした。

おまけ

ちょっと今回は、編集していて、どうにも胸に迫るふたつの点があったので、このコーナーを私物化させてください。

筆者は今まで、旧約聖書、ことに出エジプトからカナン征服までを読むたびに、「あれだけ神の力を目の当たりにして、しかも雲の柱と火の柱という、神が自分たちとともにいる歴然とした証拠のかたわらを進みながら、なぜ神を信じないでさからってばかりだったんだ?イスラエルの民はバカか?」と思ってきました。

でもこのイスラエルの愚かさが聖書に記録され、何千年もあとの私たちでも読めるように残されていることの意味を考えると、「信じるだけでよい」の「信じる」というのは、実はかなり難しいことなんじゃないか、という気がしてきました。特に、「現実」を目の前にしたときただ信じて待つということはなんて難しいのか、と。

ふたつめは、「どうすることがヤハウェに従うことなのかを理解できないから攻めていった」と解釈したものの、もしかしたら違うんじゃないかということです。
イスラエルの大人たちは、子供たちは40年後に約束の地に入れても自分たちは入れないという判決を受けて、「どうせ死ぬなら、荒れ野のどこかではなく、約束の地に向かっていって死のう」と考えたのではないか、という気がしてならないのです。子供たちのことは「40年後に約束の地に入れる」というヤハウェの約束に託して。

何かを勝ち取るためでなく、誰かを守るためでなく、まして「男には負けるとわかっていても戦わなければならない時がある」なんてものでもなく(何しろ「戦ってはならない時」だったのだから)、ただ死ぬために、敵の待つ山頂へのぼっていったんじゃないだろうか。この記録は、聖書の中でももっとも悲痛なものなんじゃないだろうか。そう思えてなりません。

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#112
更新:2002年12月29日

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