民数記 第7回

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カナン偵察(13章1節~24節)

いよいよヤハウェからモーセに[人を遣わして、わたしがイスラエルの人々に与えようとしているカナンの土地を偵察させなさい]という指示が出ました。
エジプトを脱出してからの2年間、いえ、エジプトで奴隷として苦しんでいた数百年のあいだ待ちに待った、ヤハウェがアブラハムに与えた約束(*1)が実現するのです。

ヤハウェの命令に従って、12部族から一人ずつが選び出され、パランの荒野の宿営から送り出されました。(この12人の中に、これまでもたびたび出てきたヨシュアも含まれていました)
12人には、これからヤハウェがイスラエルに与えようとしている土地について、住民が強いか弱いか、人数は多いか少ないか、テント暮らしか城壁があるか、土地は肥沃か、木が茂っているかなど、詳細に調べてくるよう指示されました。そして、ちょうどぶどうが熟す時期だったので、土地の果物を取ってくるようにも指示されました。

神ヤハウェには、そこがどんな土地で、どんな民族が住んでいるかわかっていました。そもそもイスラエルがエジプトを出てカナンに来たのがなぜ今なのかといえば、それはヤハウェによって[アモリ人の罪が極みに達し]た時と定められていたからです(*2)。
それでもヤハウェが偵察を出させたのは、ヤハウェがイスラエルに与えようとしている土地がどんなにすばらしい土地か、彼ら自身の目に見させるためでした。よい土地には強力な部族がいて当たり前ですが、これまでだってイスラエルが敵と戦うときはいつもヤハウェ自身が戦って来たのです。そのヤハウェがそれら強力な部族をその罪のゆえに土地から追い出すというのも、今まで何度も予告されてきたことです。

12人は(おそらく手分けして)カナンを見て回りました。
中でもヘブロンは、彼らの最大の目標でした。エルサレムの南南西約30kmに位置するヘブロンには、イスラエルの祖アブラハムがヘテ人から買った洞窟があります。カナン全土を与えるというヤハウェの約束が実現しようとしている今、アブラハムが存命中に唯一手に入れた土地であり、イスラエルの父祖三代、つまりアブラハムと妻サラ、イサクと妻リベカ、ヤコブと第一夫人レアの墓所である洞窟が一番気になったのでしょう。

そこは現在はアナク人の土地となっていました。定住者がいるということは土地がよいということですが、偵察隊が民に見せるために切り取った一房のぶどうの枝は、棒にぶら下げて二人がかりでかつぐほどのものでした。このため偵察隊は、その谷をエシュコル(一房)と名づけましたが、現在でもこのあたりはぶどうの産地になっています。

破滅的な不信仰(13章25節~14章10節)

40日後、12人は帰ってきて、民全体の前で[わたしたちは、あなたが遣わされた地方に行って来ました。そこは乳と蜜の流れる所でした。これがそこの果物です]と報告しました。

ところが偵察隊のうち10人は、[しかしその土地の住民は強く、町という町は城壁に囲まれ、大層大きく、しかもアナク人の子孫さえ見かけました]と、まるで無理だというように報告したのです。さらに、カナンのどの地方にも、強力な民族が住んでいると。
偵察隊のうちユダ族のカレブは[断然上って行くべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます]と進言したのですが、10人は[いや、あの民に向かって上って行くのは不可能だ。彼らは我々よりも強い]と反論した上、民を操作しようと「あの土地は、住み着こうとする者を食い尽くすような土地だ。しかも住んでいるのは伝説の巨人ネフィリム(*3)の子孫だ。彼らにくらべたら我々はイナゴみたいにちっぽけなもんだ」という情報を流したのです。

民は、10人のほうを信じてしまいました。夜通し泣き言を言った上、モーセとアロンに(そして二人の背後にいるヤハウェに)こう言ったのです。
[エジプトの国で死ぬか、この荒れ野で死ぬ方がよほどましだった。どうして、主【ヤハウェ】は我々をこの土地に連れて来て、剣で殺そうとされるのか。妻子は奪われてしまうだろう。それくらいなら、エジプトに引き返した方がましだ]
そして、モーセとアロンを見限り、ヤハウェに背を向けて、リーダーを選んでエジプトへ帰ろうとし始めたのです。

もはや言葉もないモーセとアロンに代わって、土地のすばらしさを見て来たヨシュアとカレブが民を説得しようとしました。
[我々が主の御心にかなうなら、主は我々をあの土地に導き入れ、あの乳と蜜の流れる土地を与えてくださるであろう。ただ、主にそむいてはならない。あなたたちは、そこの住民を恐れてはならない。彼らは我々の餌食にすぎない。彼らを守るものは離れ去り、主が我々と共におられる。彼らを恐れてはならない]と、正しい情報と正しい戦力評価(相手の戦力は人間、こちらの戦力は全能者)とで。

しかし、一度ある方向に向いた大群衆の心理を言葉だけで引き戻すのは容易ではありません。あるいはあの10人がデマを流す前だったなら!しかしヨシュアとカレブも、まさか10人があんなことを言い出すとは思っていなかったでしょう。
そして民は、二人が自分たちを死が待つだけの戦いに連れ出そうとしていると思って、ついに石打ち(石を投げつけて殺す死刑)にしろと言い出したのです。

こんな大混乱の中に、ヤハウェが介入します。

おまけ

カナンの先住民族

[アナク人]
ヘブロンを中心とする山地に住んでいた。背が高く強大な民で、偵察隊の10人は伝説の巨人ネフィリムの子孫と考えた。

[アマレク人]
アブラハムの孫エサウの子孫で、エドム(死海の南からアカバ湾に至る地域)に住んでいた。エジプトから脱出してきたイスラエルを最初に攻撃したのもアマレクだった。イスラエルはのちのちまでアマレクと戦うことになる。

[ヘト人]
王国時代以後に聖書に登場するヘテ人はシリアの地の民だが、ここで登場しているヘテ人はパレスティナ南部に居住していた民族。アブラハムはこのヘテ人の一人から、ヘブロンの洞窟を買った。

[エブス人]
エブスはエルサレムの別名。攻めにくく守りやすい、かつカナンでも戦略上の重要な位置にあるエルサレムを抑えていたのがエブス人だった。

[アモリ人]
おもには北部カナン人を表すらしい(イスラエルがカナンに定着する以前にこの地にいた住民を総称してアモリ人とも呼ぶ)。やはり背が高く強い民族だった。

[カナン人]
カナンはノアの孫の一人だが、カナンの子孫を指すというよりは、カナンの神々を信仰している多神教の諸民族を総称してカナン人と呼んでいる。

とまあ、イスラエルはこれらの民族を相手にしなければならなかったわけです。これらのうちいくつかとは、アブラハムやイサクの時代には同盟関係にありましたが、それも500年ほども昔のこと。しかも偵察隊が報告した以外にも、地中海側からは後々までイスラエルを悩ますことになる強大なペリシテ人が虎視眈々とカナン地方をうかがい、ヨルダン渓谷などにはヒビ人やペリジ人がいます。
イスラエルの民が「難民にも等しい自分たちが、勝てるわけがない」と思ったとしても仕方ないかもしれません。もし自分たちの力だけで戦うことを考えていたというなら。しかしイスラエルの戦いは全能者ヤハウェの戦いであり、イスラエルがヤハウェを信頼する限りは負けようがないのです。

ヨシュアという名前

ヨシュアの本名であるホシェアは「救い」の意味。それをモーセがヨシュアに改名したのですが、ヨシュアは「ヤハウェ+ホシェア」で、「ヤハウェは救い」という意味の名前になります。

これはイエス・キリストの「イエス」と同じ名前なのです。
日本語聖書ではヨシュアですが、ヘブライ語の発音により近づけるとイェホシュアとなります。ホは無声音に近く、現代のユダヤ人はイェシュアと呼びます。さらにガリラヤ方言で語尾のアが消え、ギリシャ語ふうに発音されて、新約聖書ではイエス(より正確にはイェス)と表記されているわけです。


*1 イスラエルにカナン地方を与えるという約束が最初にヤハウェからアブラハムに示されたのは創世記12章、かれこれ500年ほども昔のこと。

*2 創世記15章13-16

*3 ネフィリムとは創世記6章4に登場する種族。「大昔の名高い英雄たち」と呼ばれたが、ノアの洪水で滅びた。

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#111
更新:2002年12月29日

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