民数記 第6回

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ミリアムよ、お前もか(12章)

民の不満はとりあえず片付きました。といってもこのあと民がまったくヤハウェに逆らわなくなったわけではなく、すぐに最悪の事態をまねくことになるのですが、まあこのキブロト・ハタアワでの不平はおさまったわけです。

ところが今度は、女預言者でありモーセの姉でもあるミリアムが、大祭司でありモーセの兄でもあるアロンをまきこんで、モーセとヤハウェに不平をぶつけてきたのです。[主【ヤハウェ】はモーセを通してのみ語られるというのか。我々を通しても語られるのではないか。]と。

預言者というのはヤハウェから”言葉を預かり民に伝える者”(“予言者”ではない)ですし、大祭司も民を代表してヤハウェに仕える者ですから、ミリアムの主張に間違いはありません。
実際、イスラエルが王国となってからも、宗教面は祭司や預言者、政治は王が担当し、たとえばサウル王が祭壇で戦勝祈念のいけにえをささげたときは、預言者サムエルの権限に対する侵犯として厳しくさばかれました。

祭儀的には大祭司を頂点とする制度がつくられ、政治的にはエトロの提案で10人ごと、50人ごと、100人ごと、1000人ごとに長をたてる制度(*1)がつくられているところへ、例外的にモーセが存在しモーセを補佐する70人の長老団まで組織された。しかもヤハウェはモーセを通してのみ語られる。ミリアムとアロンが「預言者や大祭司といっても名ばかりではないか」と思ったとしてもしかたないかもしれません。

そもそも、モーセという指導者がいる状態のほうが例外なのです。これは難民集団のイスラエルを国としてまとめていく途上における、ヤハウェによる例外措置といえるでしょう。たとえるならアフガニスタンの暫定行政機構のカルザイ議長のようなものです。
アフガニスタン暫定行政機構は、アフガン国民の意思を踏まえた政府(民主政であれ王政であれ、アフガン国民が望む政体で)ができるまでの組織であり、カルザイ氏は首相ではなくこの機構の議長なわけですが、同じようにモーセと長老団も、イスラエルが国土を確保し国として立ち上がるまでの組織なのです。(*4)
モーセの死後にはヨシュアが後継者となりますが、ヨシュアの時代に国土を確保したのちは、ヨシュアの後継者というのは出てこないことからも、この体制が過渡的なものであるといえます。

姉と兄としては、「モーセは弟のくせに」とも思ったかもしれません。さらにミリアムは「わたしが機転をきかせなかったら、モーセはファラオの王女の養子になるどころかナイル川の藻屑となっていたかもしれない(*2)。そうなっていたらイスラエルのエジプト脱出もなかったかもしれないじゃないの!わたしはもっと重んじられてもいいはずよ」くらい思ったかも。

ミリアムの言っていることに、間違いはないといえます。ですが、言ってること自体には間違いはなくても、そう主張する動機に大きな勘違いがあったのです。

ミリアムに預言する力が与えられたのも、アロンが大祭司に任命されたのも、そしてモーセが指導者的立場となったのも、彼らがえらかったから採用されたのではありません。そもそもアダムとエバが罪を犯して以来、その子孫である人間の誰一人として、神ヤハウェの前に立つのにふさわしい者などいないのです。

たとえばある人が父親から莫大な財産を相続した場合、価値があるのは財産であって、その人ではありません。えらいのは財産をきずいて相続させた父であって、その人ではありません。
創造者から与えられたもの、つまり自分がえらいからとか、努力して手に入れたわけではないもの、英語で言うところのタレント、日本でいうところの天賦のものについて、「そのものごと自体の価値を認める」というのと、「それが(たまたま)自分の手にあることを自慢する」というのは、まったく違うことなのです。(「努力できる」というのも神から与えられた力であるとすれば、人間が何かを誇るというのはもともと的外れなのかもしれません。聖書には「誇る者は主を誇れ」(*3)とも書いてあります)

[モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった]と記録されています。モーセは、ヤハウェが自分に与えられた職責のとうとさと、自分自身のこととを区別できていました。
でもミリアムとアロンは、自分自身がえらいかのように勘違いして「同じようにヤハウェと民の間に立つ私たちの中で、なぜ弟だけが」という不満を持ってしまったのでした。

そんなミリアムとアロンにヤハウェは、兄弟まとめて幕屋に呼びつけると雲の中から一喝。
私ヤハウェは、預言者には夢や幻によって私自身を示し語る。しかしモーセとは口から口へ、明確に、謎によらず語り、わが姿を見ることさえゆるしている。神である私ヤハウェの前に人間の身でそこまでゆるされているモーセに、畏敬の念もなく非難するとは何事かっ!

ヤハウェが去り雲が幕屋を離れたとき、アロンが振り返ると、ミリアムは重い皮膚病にかかって、皮膚が雪のように異常な白さになっていました。
今や自分たちのあやまちを悟った二人は、ただ[わたしたちが愚かにも犯した罪の罰をわたしたちに負わせないでください]と、モーセにとりなしを頼むしかありませんでした。

モーセがヤハウェに[神よ、どうか彼女をいやしてください]と祈る一方、ミリアムはおきてのとおり7日のあいだ宿営の外に隔離されました。そののち重い皮膚病が癒されていることが確認された上で、彼女は宿営に戻ることができたのでした。

そしてイスラエルは、彼女の復帰を待って出発したのです。いよいよ約束の地カナンに向かいます。


*1 出エジプト記18章

*2 出エジプト記2章1~10

*3 コリントの信徒への手紙一1章31

*4 カルザイ議長はその後、アフガニスタンの大統領に就任しました。

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#110
更新:2002年12月28日

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