民数記 第5回

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シナイ出発(10章11節~36節)

第2年第2月の20日、いよいよ雲が幕屋を離れ前進をはじめました。イスラエルも宿営を撤収してついていきます。申命記1章2節によれば普通なら11日程度の道のり、200万からの民族大移動だからもっとかかるかもしれませんが、まあすぐそこまでの移動の始まりです。

移動は基本的には、先にさだめられたとおりに東のユダ軍団から順に出発しました。ただしレビ部族のうち幕屋を運ぶゲルション族とメラリ族は、ルベン軍団の後ではなく先に出発しています。次の宿営地では、レビ部族ケハト族が祭具をかついで到着する頃には、ゲルションとメラリが幕屋を建て終わっている段取りというわけです。ヤハウェの指示に反しない範囲での、おきての柔軟な運用。

ここでモーセは、義理の兄であるミディアン人ホバブに道案内を頼んでいます。ん?もうヤハウェに従っていくのをやめてしまった?
ヤハウェの働きには、人間が用いられることが多いのです。たとえばヤハウェの言葉を人に伝えるために、現代では牧師や司祭が用いられています。ヤハウェの雲についていく中で地元の者の知恵も活用することに問題はありません。

不平たらたら(11章)

約束の地を目指して、民は意気揚揚。かと思われましたが、[民は主の耳に達するほど、激しく不満を言った]と記録されています。11日の旅程のうちシナイ山を出発してたった3日目のことです。

「ちょっと不平をいったくらいで」という軽い話しではすみません。イスラエルがヤハウェに従うなら、ヤハウェはイスラエルに恵みをほどこす、という契約関係において、不満を言うのは「従ってられっかよ!」という契約不履行の表明にも等しいのです。

契約不履行にはペナルティが伴います。イスラエルの不満を聞いたヤハウェは怒って、[主【ヤハウェ】の火が彼らに対して燃え上がり、宿営を端から焼き尽くそうとした。]と記録されています。
これを見た"イスラエルの民"は、すぐに非を認め、モーセがヤハウェにとりなして火がおさまったあとは、このできごとを忘れないためにこの地をタブエラ【燃える】と名づけました。

ところが[民に加わっていた雑多な他国人](エジプトの脱出のときについてき)は、イスラエルとヤハウェの契約関係がわかっていなかったようです。タブエラな事件を見ても相変わらず不満を言いつづけ、このため民も、今度は[どの家族も]泣き言を言い出したのです。
いわく、エジプトではナイル川の魚を食べ放題だったとか、肥沃なナイルデルタの産物が忘れられないだとか。あげくのはてに[どこを見回してもマナばかりで、何もない]とまで言い出す始末。

かわいそうなのはモーセです。ヤハウェに不満をぶつける民と、その民に怒りを向けるヤハウェのあいだで、板ばさみ。
とうとうモーセは「なぜわたしは、この民すべてを重荷として負わされねばならないのですか。わたし一人では、とてもこの民すべてを負うことはできません。どうかむしろ、殺してください」と悲痛な祈りをヤハウェに向けました。
有能でしかも責任を負わされているリーダーが、すべてを自分でしょいこんでしまって身動きが取れなくなってしまう、ということがあります。モーセも心底「もうだめ」と思ったのでしょう。このままでは人類史上最初の過労死か。あるいは、自分が民と同じように不信仰な言葉を口にする前に天国に連れ去られることを願っての「殺してください」かもしれません。

民の不服従。そしてモーセの悲鳴。このふたつにヤハウェはどう答えたか。

モーセの訴えを受けてヤハウェは、イスラエルの長老たちのうちから70人を選ぶように命じました。先にモーセの岳父イテロのすすめで、隣り組ごとにリーダーを立ててイスラエルを組織化しましたが、その政治的なリーダーとは別に、モーセとともにヤハウェの前に立つリーダーたちが選ばれたのです。

一方、民の不服従に対しては、ヤハウェは[憤りを発し、激しい疫病で民を打たれた]と記録されています。
ただしヤハウェは、民が[誰か肉を食べさせてくれないものか、エジプトでは幸せだったと訴えたから]というので、飽きるほど肉を食わせるとモーセに予告しました。ヤハウェはエジプトにまさる存在であり、民をやしなうことも幸せを与えることもできるのだと示した上で、不服従を罰するのです。それも[ついにあなたたちの鼻から出るようになり、吐き気をもよおすほど]に。

食べた肉が鼻から出るほど、なんてヤハウェもおもしろい表現をしますが、モーセにしてみれば「男だけで60万人もいるのにというのが当然の疑問。そんなモーセに[主【ヤハウェ】の手が短いというのか。わたしの言葉どおりになるかならないか、今、あなたに見せよう]と断言しました。

モーセは指示どおり、70人を選んでヤハウェの幕屋に連れてきました。するとヤハウェが[モーセに授けられている霊の一部を取って、七十人の長老にも授けられた。霊が彼らの上にとどまると、彼らは預言状態になったが、続くことはなかった]と記録されています。

"霊"とは、あやしげなTV番組で扱われる霊能力のような"力"ではなく、聖霊と呼ばれる神です。(聖書の神は唯一であると同時に、創造者ヤハウェ、救い主キリスト、弁護者とも呼ばれる聖霊という、別個の三つの位【くらい】において存在します。これを三位一体といいます)
その"霊"が常にモーセとともにいたからこそ、モーセはここまでのとんでもない役目を遂行してこれたのですが、これからはこの70人にも"霊"がともにあって、モーセとともに役割を果たすことになったのです。その証拠として70人は預言つまりヤハウェの言葉を預かってトランス状態になったのです。

モーセから一部を取って70人に授けたからといって、モーセの分が減ったわけではありません。子供が一人だった夫婦に二人目が生まれたとしても、一人目にそそがれる親の愛が減るわけではないのと同様に、モーセと共にある"霊"の神はどんな意味においても減るわけではないのです。
ヤハウェから直接70人に"霊"を与えることもできたのですが、あくまでもモーセが中心であることを強調するために、モーセから分け与えたかたちにしたわけです。

さて、ヤハウェが約束した"肉"のほうですが。
ヤハウェが送った風が、アカバ湾のほうから大量の"うずら"を運んできたと記録されています。
うずらはパレスティナを横断して南北に"渡り"をしていたようですが、ヤハウェはこれをイスラエルの宿営に誘導したのです。地上に落ちたうずらが[縦横それぞれ一日の道のりの範囲にわたって、地上2アンマ(180cm弱)ほどの高さに積もった]と記録されていますから、尋常な自然現象じゃありません。もっとも、民は少ない者でも十ホメル(ドラム缶約11個半)集めたと いう記録のほうは、「山ほど」みたいな比喩だと思いますが。

そして前述のとおり、ヤハウェにはこれだけの力があると示した上で、不信仰をさばいたのでした。このためイスラエルは、貪欲な人々をそこに葬ったということでこの地をキブロト・ハタアワ【貪欲の墓】と名づけました。

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#109
更新:2002年12月28日

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