レビ記 第12回

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祭司の聖潔(21-22章)

聖なる者であれ

イスラエルの民が聖なる者であれと言われるなら、民とヤハウェの間に立つ祭司たちはなおさらです。[祭司は、燃やして主にささげる神の食物を携えるのであるから、聖なる者でなければならない]

いわく、髪やヒゲを剃ってはならない。身を傷つけてはならない(偶像崇拝の祭儀に身を傷つけ血を流す風習があった→列王記上18:28)

祭司の娘が遊女となって、身を汚すならば、彼女は父を汚す者であるから、彼女を焼き殺さねばならない。(異教には祭儀としてみだらな行為をする風習がある)

祭司たちの上に立つ大祭司にいたっては、父母の遺体にも触れてはならない。一般的な悲しみの表現であった衣服を裂くことも禁止(祭服も聖別されているので)

身体に障害を持つ者は祭司職についてはならない、とも規定されました。ではヤハウェは身体障害者の人権に配慮がないのか?
ヤハウェ自身が[一体、誰が人間に口を与えたのか。一体、誰が口を利けないようにし、耳を聞こえないようにし、目を見えるようにし、また見えなくするのか。主なるわたしではないか。](*1)といっています。いけにえにささげる動物がキズひとつないものでなければならないのと同様に、ヤハウェにささげられている祭司はキズひとつない者でなければならないとしているだけです。生け贄になる個々の動物の命の重さに関係なく、生け贄にはキズがないものがえらばれるように、一人一人の人権の重要性に関係なく、障害のない者が選ばれるということです。

けがれている祭司(けがれているとされた動物を食べる、遺体やけがれている物に触れる、けがれているとされる皮膚病にかかるなど)は、きよくなるまで、聖所に入ったり祭壇に近づくことができません。それは聖なるヤハウェをけがそうとすることだからです。

祭司の食事

祭司の食事は、ヤハウェのために奉納されたものの中から与えられます。ヤハウェ自身が祭司を養うことの象徴ですが、与えられるものは一度ヤハウェのものとされた聖なるものですから、注意が必要でした。

これを食べることができるのは祭司とその家族だけで、祭司のもとに滞在している客や雇い人も食べることはできません。祭司の娘が祭司職以外の人と結婚した場合も、娘はすでに祭司の所有ではないので、食べることはできません。
ただしこの規定は、のちに神キリストによって解釈が変更されています(*2)。

祭司の家の奴隷は、祭司の所有であるので、食べることができます。嫁いだ娘も、離婚や死別により父の所有に戻った場合は食べることができます。

奉納物

ヤハウェに奉納する生け贄も完全なものでなければならないことが念押しされました。
[あなたたちは傷のあるものをささげてはならない。それは主に受け入れられないからである。][祭壇で燃やして主にささげてはならない。]

せっかく完全なものが奉納されたのに、祭司がこれを欠格にしては元も子もありません。
[祭司はイスラエルの人々が主にささげる聖なる献げ物を汚したり、それを人に食べさせて、彼らに賠償の責めを負わせてはならない。わたしは彼らを聖別する主だからである。]

イスラエルの祭り(23章)

23章には、イスラエルの民が記念し祝うべき祭りについて規定されています。これらは現代でもおこなわれているものです。

安息日

[七日目は最も厳【おごそ】かな安息日であり、聖なる集会の日である。]

毎週の7日目(土曜日)は、天地創造のときにヤハウェが第7日を聖なる日とした(*3)ことを記念する重要な祝日です。

過越祭

[第一の月の十四日の夕暮れが主の過越【すぎこし】である。]

"第一の月"と呼ばれるニサンの月は太陽暦では3月~4月にあたります。エジプトで奴隷だったイスラエルは、ヤハウェの力によってこの月に解放されたことを記念する祭りです。ヤハウェの災厄がエジプト人の家の長男を殺したとき、イスラエル人の家は災厄が過ぎ越していったことに由来します。

"夕暮れ"とあるのは、過ぎ越し祭りは翌15日の除酵祭からで、14日の夕暮れに奉納の子羊を殺し、祭壇でささげる準備をはじめるものです。(日没で日付がかわるため、14日の日没から15日となる)

除酵祭

[同じ月の十五日は主の除酵祭【じょこうさい】である。あなたたちは七日の間、酵母を入れないパンを食べる。]

パンを発酵させる酵母を身の回りから取り除く祝祭です。ヤハウェによって解放されたイスラエルがエジプトを出る時、急いでいたのでパンを寝かせる時間もなかったことを記念して、ヤハウェの救いを思い出す日です。

七週の祭り

[初穂を携え奉納物とする日から数え始め、満七週間を経る。]

初穂(大麦の最初の収穫)を奉納する日とは、除酵祭の第二日です。この日から数えて満7週(49日目)、過ぎ越し祭の初日である除酵祭から数えて50日目が、五旬節とも呼ばれる七週の祭りです。

この日は刈り入れの祭りでもあるのですが、それ以上に、律法授与記念日として祝われています。イスラエルがシナイ山に到着したのがエジプトを出発してから50日目(*4)であったとしてヤハウェから律法を授かったことを記念します。

イスラエルでは7は"完全"を暗示する数字なので、過ぎ越しから7日が7回という日を過ぎ越し祭の完成する日として祝ったとも考えられます。

新年の祭り

[第七の月の一日は安息の日として守り、角笛を吹き鳴らして記念し、聖なる集会の日としなさい。]

第一の月に過ぎ越しを祝いましたが、新年の祭りは第七の月(ティシュリ月。太陽暦で9月か10月)です。
一年はティシュリの月から始まっていたのを、エジプト脱出を記念してニサンの月を正月として祝うようになりました。

大贖罪日

[第七の月の十日は贖罪日【しょくざいび】である。]

新年の祭りのしめくくりです。詳しくは16章(前々号)参照。

仮庵祭

[第七の月の十五日から主のために七日間の仮庵【かりいお】祭が始まる。]

仮庵とは粗末な仮の小屋。出エジプト後の荒野での生活を想起するため、仮庵をたててそこで寝起きします。

以上、少々駆け足になりましたが、「祭りのページ」でも少し説明していますので、あわせてごらんください。


*1 出エジプト記4章11

*2 マタイ福音書12章1~8

*3  創世記2章2-3

*4 ニサンの月なかばに出発し、出エジプト記19章1によれば3月目にシナイ山に到着した。

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作成:2002年3月1日
更新:2002年12月13日

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