出エジプト記 第37回

menu

幕屋の建設[2]

祭司の服(39章1-31)

39章も、「主がモーセに命じられたとおり」という言葉で始まります。今度は祭服、つまり祭司のユニフォームです。

12部族を示す12個の宝石をがつけられたエフォドをはじめとする衣装。そして、花模様の中に「主の聖なる者」と彫られた、純金製の「聖なる額(ひたい)当て」。すべて、28章でヤハウェがモーセに指示した通りに準備されたのです。

準備完了(39章32-43)

これらの準備にどれくらいかかったかわかりません。
エジプト出発の日が正月となり、シナイ山のふもとに来たのが3ヶ月目でした。そのあと、モーセは40日×2回をシナイ山頂ですごしたほか、こまごまと日数の経過が記録されています。大雑把に言ってこの年の後半くらいから準備にかかったくらいでしょうか。
そして「幕屋、つまり臨在の幕屋の作業はすべて完了」したのです。つまりすべての、幕屋のパーツ、祭壇や祭具、祭服の準備が整いました。

モーセが民の仕事の成果を見たと記録されています。念入りに徹底的に、それこそドラマに出てくる、嫁が掃除したあとでホコリを探す姑なみに、すべてをチェックしたことでしょう。
しかしひとつの間違いもありませんでした。すべてが、ヤハウェからモーセが命じられて民に伝えた通りであるのを確認して、モーセはイスラエルの民を祝福したのでした。

幕屋を建てる(40章1-33)

ヤハウェは準備ができたのをみて「第一の月の一日に幕屋、つまり臨在(りんざい)の幕屋を建てなさい」と命じました。,,
(ということは準備は暮れ近くまでかかったのでしょうか)

まず、幕屋を建てます。
次に「掟(おきて)の箱」を幕屋の奥に置き、その前に垂れ幕をかけます。垂れ幕より奥が至聖所(しせいじょ)、手前が聖所となります。

聖所には、机を入れてその上に付属品を並べます。燭台も運び込み、火をともします。垂れ幕の前に、お香のための祭壇を置き、幕屋の入り口に幕をかけて聖所のセッティングが完了します。

幕屋の入り口の前に、ささげものを焼く祭壇をすえつけ、これと幕屋のあいだに洗盤(せんばん)を置いて水を入れます。そして、幕屋の周りを庭として周囲に幕をめぐらして囲い、庭の入り口にも幕をかけます。

このように、心臓部から外へ向かって=聖なるところから民に近いところへむかって、組み立て、配置していくように命じられたのです。

こうして組み立てたら、これらに「聖別の油」をかけて、聖なるものとします。これも、まず幕屋とその中のすべての祭具をまず聖なるものとして、次に幕屋の外の、焼き尽くすささげものの祭壇と洗盤を聖別するのです。

ヤハウェは最後に、祭司について命じました。
祭司に任命されるレビ族のアロンとその子らを幕屋の入り口に進ませ、水で身を清めさせます。そしてアロンに例の祭服を着せ、頭に油を注ぎかけて聖別し、ヤハウェに仕える大祭司に任命するのです。
アロンの子らにも油をそそいで聖別し、祭服を着せます。祭司職は代々、レビ族のアロンの家系の職務となるのです。

モーセはこれらの命令も「主が命じられたとおりにすべてを」おこないました。年が明けて、第2年第1月の1日、つまりエジプトを脱出してちょうど1年たったその日、幕屋が組み立てられたのです。
台座が置かれ、壁板と柱が立てられ、その上にあの美しい天幕がかけられ、さらにジュゴンの皮などの覆いがかけられました。次に、十戒が彫りこまれた2枚の石板が「掟の箱」に入れられ、2体のケルビムが守る「あがないの座」でフタをされて、幕屋の奥に置かれたのです。そして垂れ幕によって幕屋の中が仕切られました。
こうして至聖所がととのったのです。聖別の油によってきよめられたのちは、もう大祭司のほかはここに入ることが許されません(モーセは別格だったようです)。

続いて垂れ幕の手前、つまり聖所に調度品が運び込まれ、燭台に火がともされ、金の祭壇の上で香がたかれました。
幕屋の外も、ヤハウェの命令のとおりに配置されました。

ヤハウェ降臨(40章33-38)

モーセとイスラエルは、すべての仕事を終えました。
すると、雲が降りてきて完成した幕屋を覆ったと記録されています。目には見えない創造者ヤハウェが、雲という目に見えるかたちで、幕屋に降り立ったのです。
「主の栄光が幕屋に満ちた」とも記録されています。そのために、モーセでさえ幕屋に入ることができませんでした。すさまじいまでのヤハウェの存在感です。

こうして、ヤハウェがイスラエル200余万の民の中に住むという、インマヌエルな状態がはじまったのです。
これからイスラエルは、ヤハウェが先祖アブラハムに約束した地へ進んでいきます。ヤハウェの雲が幕屋にあるときはそこで宿営し、雲が幕屋を離れて進み始めると、イスラエルは出発して雲について行くのです。

今回で、出エジプト記は終わりですが、約束の地を目指すイスラエル200余万の民の旅は、まだまだ始まったばかり。
行く手には果たしてどんな困難が待っているのか。でも出エジプト記は「旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである」ということばで終わっています。創造者である主なる神ヤハウェが、みずからイスラエルを率いていくのです。

予告

というわけで旧約聖書の第2巻、出エジプト記が終わりました。その後のイスラエルについては、第4巻の民数記(みんすうき)からまた記録されています。

その前にあるのが、第3巻のレビ記。「祭司の律法」とも呼ばれるこの書は、延々と律法が続くだけの(退屈な?)内容となっています。
幕屋ができ祭司が任命されたところで、アロンとその子ら=レビ族の祭司たちへの職務規定を中心に、創造者が人間にどんな姿勢を求めているのかを読んでいきましょう。

まだ66巻のうちの2巻がおわっただけ。これからもよろしくお願いします。

前へ 上へ

#089
更新:2002年12月16日

布忠.com