出エジプト記 第36回

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幕屋の建設[1]

主なるヤハウェがわたしたちの神!わたしたちはヤハウェの民!ヤハウェがわたしたちの中に住み、わたちたちとともに進まれる!
一度は悲嘆に沈んだイスラエル200余万の民は、歓喜に包まれました。そうとなればさっそく、ヤハウェの家となる幕屋の建設です。

安息日の堅守の確認(35章1-3)

…とその前に、モーセはイスラエルの人々全体を集めて、ヤハウェとの契約について念を押しました。といっても、いまさらすべての条項を並べ立てるのではなく、ここが肝腎という一点に絞って。

「安息日を守れ」

働けば儲かる、他人より働けば他人より裕福になる、そう考えれば週7日のうち7日働いたほうが有利です。でもそうではなく、週のうち1日を聖なる日、ヤハウェの最もおごそかな日とせよという、十戒の第4戒です。つまりヤハウェを第一として生活せよということです。

モーセが第4戒だけ特に言及したのは、
「安息日を守っている = ヤハウェ第一に生きている = 他の条項も守っている」
と考えたのではないかと思うのです。

たとえば第1戒の「ヤハウェのみを神とせよ」に違反しているかどうかは、心の問題だから外から見てもよくわかりません。
でも第4戒を破って働いていれば、違反はすぐにわかる。そして第4戒を破っている者は、すでに第1戒も破っている(ヤハウェではなく財布を神としている)のです。

他の条項も同様です。
ヤハウェのみを神とし(第1戒)、手で作ったものを神とせず(第2戒)、ヤハウェに敬意をはらう(第3戒)。
家庭における創造者の代理ともいうべき両親を敬い(第5戒)、ヤハウェの似姿である人間を殺さず(第6戒)、ヤハウェの制定した結婚制度を守り(第7戒)、ヤハウェが与える恵み以上のものを欲張らず(第8,10戒)、ヤハウェにならって正義に生きる(第9戒)。
第4戒を破る者は、ヤハウェを第一としていないから、これらもの条項も破る。第4戒を守る者なら、ヤハウェを第一として生きているから、これらの条項も守れているはず。そうモーセは考えて、「とにかく安息日は守れ」と命じたのでしょう。

後の時代、イエス・キリストとイエスとイスラエル指導者層との戦いが、とくに安息日規定の解釈をめぐって激しく戦わされたのも、イエスも指導者たちも第4戒を重視していたからなのでしょう。

心からささげる(35章4-36章7)

続いてモーセは、幕屋を建てるための奉納物を持ってくるように指示しました。
どんな奉納物かについては前に扱ったので省略しますが、要点は「すべて進んで心からささげようとする者は、それを主への献納物として携えなさい」というところです。

奉納を命じられていながら、しかもそれは喜んで差し出さなければならないのです。
そして実際、「心動かされ、進んで心からする者は皆、主への献納物を携えて来た。」と記録されています。

こうして資材が集まり、ヤハウェじきじきに指名したベツァルエルとオホリアブを棟梁として「知恵と英知を主から授けられ、聖所の建設のすべての仕事を行うに必要な知識を与えられた、心に知恵のある者」が終結し、幕屋や聖所、備品や祭司服がつくられはじめました。

が。いくらも経たないうちに、各現場のリーダーたちはモーセのところに集まってきて、何とかしてくれと言い出したのです。
早くもヤハウェに対する不満かと思いきや、彼らはこう言ったのです「民が必要以上のものを供出してくる」
なんと、モーセが「聖所の献納物のためにこれ以上努める必要はない」と命令しなければならないほど、イスラエルは喜んで差し出したのでした。

幕屋を建てる(36章8-38章)

資材や宝石類が集まり出してから、イスラエルは、モーセが25章~31章でヤハウェから命じられたとおりに、仕事を進めました。

彩りも美しくケルビムが織りこまれた幕と、これを覆う雄羊の皮の幕とジュゴンの皮の幕。金箔で覆われた、壁板と横木。銀製の台座など、幕屋のパーツが作られていきます。
香をたく祭壇とそれをかつぐ棒は、アカシア材でつくられ、純金で覆われました。聖別の油と、スペシャルブレンドの香も作られました。
焼き尽くすささげもののための祭壇とそれをかつぐ棒は青銅で覆われ、そこで使う祭具も青銅でつくられました。
その他、すべてがヤハウェの命じたとおりに準備されていったのです。

使用された金は約877kg。銀は3t以上も使われました。それだけのものが、喜んで奉納されたのです。

解説

大量の奉納物

エジプトでは奴隷であり、そこから逃げ出して荒野を行軍するイスラエルに、なぜ35~36章にあるような大量の奉納が可能だったのか。

イスラエルが出発する夜、イスラエルがエジプト人の好意を得るようにヤハウェが介入したので、イスラエルがエジプト人から金銀の装飾品や衣類を求めるとエジプト人は彼らの求めに応じ、彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした、と12章35,36に記録されています。
その中から、自由を与えてくれたヤハウェに感謝を込めて奉納したわけです。

喜んで差し出す

イスラエルは当初、文字通りの神政政治つまりヤハウェが統治していました。しかし民が王制を求めたため、サウルが初代王となります。喜んで差し出していたイスラエルが、税というものに苦しむようになるのは、それよりあとの時代になります。(サムエル記上8章11-18)

おまけ

TBS系「世界遺産」でエジプトの遺跡が紹介されましたが、あらためて見てみると、イスラエルがちょっと困ると「奴隷の身分でもいいから、あの豊かな国エジプトに帰ろう」と言い出すのも、わからなくもないような。

モーセは「なぜ創造者であるヤハウェを信じられないんだ!」と嘆き続けましたが、まだ目にしていないもの(約束の地)に期待しつづけるというのは、難しいことです。

キリストもひとつのたとえをとおして(*1)、信じることはできでも信じ続けることが難しいと言っています。でも信じ続けた者だけが、ヤハウェの恵みに入ることができるのです。(そうは言ってもやっぱり難しいのだけど)


*1 マタイ福音書13:3-23

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#088
更新:2002年12月16日

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