出エジプト記 第35回

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インマヌエル[2]

インマヌエルとは、ヘブライ語で、「神がわたしたちと共に」という意味です。しかし「イスラエルと共に行かない」という創造者ヤハウェのことばに、イスラエルは嘆き悲しみました。

臨在の幕屋(33章7-11)

イスラエルの宿営の中にヤハウェが住むために、あの壮大なテント(幕屋)は建てられるはずでした。しかしイスラエルの中にそんな聖域をつくれば、反逆ばかりのイスラエルがいつこれをけがし、結果ヤハウェがイスラエルを滅ぼさなければならなくなることか。
というのが、ヤハウェが「イスラエルの中には住まない」と言った真意でしょう。

そこでモーセは、イスラエルの宿営から遠く離れたところにテントを張り、それを「臨在(りんざい)の幕屋」と名づけました。
「臨在」とは、創造者がその場に臨(のぞ)み、その場所に在(あ)るという意味で、他の訳では「会見の天幕」などと訳されているとおり、ヤハウェにおうかがいを立てる者は宿営を出てその幕屋へ行くのです。

モーセが幕屋に行くと、天から雲の柱がこの幕屋に降りてきて、ヤハウェがモーセと会見しました。ヤハウェが「人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた」と記録されています。
会見の後、モーセはまた宿営に戻りましたが、モーセの従者ヨシュアは臨在の幕屋を離れませんでした。民が立ち入ってけがさないよう番をしたのでしょうか。

モーセ、ヤハウェを見る(33章11-34章2)

この臨在の幕屋で、モーセはヤハウェに直訴します。
あなたは私に、この民を率いて約束の地へ向かえと命じられるが、私一人でやれと言われるのか。『わたしはあなたを名指しで選んだ。わたしはあなたに好意を示す』と言われたが、それが本当ならあなたが道を示してください。

これにヤハウェは前言を取り下げ、わたしが自ら同行しあなたを安心させよう、と約束しました。が。「ヤハウェが一緒にいてれない」なんていうことを一瞬でも考えてしまったモーセは、本当にあなたご自身が来てくださらないなら、私たちを出発させないでほしいと泣きつき、栄光あるヤハウェの姿を見せてくれなければ安心などできないと言い出したのです。

これまでにもヤハウェとモーセが「顔と顔を合わせて」語ったなどの記録があります。しかしモーセは実際に肉眼でヤハウェを見たことはなく、そんなに近くにヤハウェの臨在を感じるほどだったというだけなのです。アダムの子孫である限り(たとえモーセといえども)「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなって」(*1)いるのです。イメージとしては、後光に焼き尽くされてしまうような感じです。

ヤハウェは「わたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないのだ」とことわった上で、翌朝シナイ山にのぼってくるようモーセに命じ、そのとき「わが栄光が通り過ぎるとき、わたしの手であなたを覆う。わたしが手を離すとき、あなたはわたしの後ろを見る」と約束したのです。
そのときには石板を2枚持ってくるようにも命じました。前にモーセが砕いた石板にあった契約条項つまり掟(おきて)を、ふたたび与えるというのです。

神がわたちたちとともに(34章3-10)

翌早朝モーセは、ヤハウェの命令どおり人も家畜もシナイ山に入らないように指示すると、まっさらな石板をかかえて登っていきました。

するとヤハウェは雲の中を降りてきて、モーセの前を通りすぎたのです。人間モーセがヤハウェを直視して死ぬことのないように、ヤハウェは前日言ったとおり配慮しました。そして高らかにこう宣言したのです。

主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代(いくせんだい)にも及ぶいつくしみを守り、罪とそむきと過ちを赦(ゆる)す。しかし罰すべき者を罰せずにはおかず、父祖の罪を、子、孫に三代、四代までも問う者。

ひれ伏していたモーセは、「忍耐強く、赦す者」であるというヤハウェの宣言に再度「主よ、わたしたちの中にあって進んでください。確かにかたくなな民ですが、わたしたちの罪と過ちを赦し、わたしたちをあなたの嗣業(しぎょう)として受け入れてください。」と願いました。

するとヤハウェは「見よ、わたしは契約を結ぶ。わたしはあなたの民すべての前で驚くべきわざを行う。それは全地のいかなる民にもいまだかつてなされたことのない業である。あなたと共にいるこの民は皆、主の業を見るであろう。わたしがあなたと共にあって行うことは恐るべきものである。」と、ふたたびイスラエルと契約を結び、イスラエルとともに進むことを約束したのです。

神がわたしたちと共に!

掟の板、ふたたび(34章11-35)

ただし、ヤハウェは無条件にイスラエルと共に行くとは言っていません。契約を結ぶといっている以上、契約条項があるのです。それは十戒をさらに具体的にしたものでした。

◇ヤハウェがイスラエルの進む先から諸部族を追い出すから、イスラエルはこれらの偶像崇拝者たちと契約を結んだり結婚したりしてヤハウェから離れるきっかけを作らないように。むしろ彼らの祭壇や神像を破壊しなさい。

ヤハウェは「熱情の神」(他の訳では「ねたむ神」)である。イスラエルがヤハウェを離れて他の神々を求めるのは、姦淫するのも同然だ。

◇ヤハウェがイスラエルをエジプトから出したことを記念して、あの出発の夜を思い出して除酵祭(酵母を除いたパンの祭り)を守りなさい。

ヤハウェがエジプトのすべての初子(ういご=長男)を殺したとき、イスラエルの家は過ぎ越した。イスラエルで始めに母の胎から出るものはすべてヤハウェの所有である。家畜の初子が雄なら、すべてヤハウェに奉げなさい。
ただし(重要な家畜である?)ロバの場合は、小羊であがないなさい。男の子もすべてあがないなさい。

◇安息日はヤハウェのものである。農繁期であっても、働くのは6日間で7日目は休みなさい。

◇小麦の収穫の初穂の時に、七週祭を祝いなさい。年の終わりに、取り入れの祭りを祝いなさい。
年に三度の祭りのとき、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出てきなさい。この間に敵が攻め込むことのないようにヤハウェが守る。

その他細かいことも命じたヤハウェは、モーセにこれらを書きとめるように命じ、これらの条項によってモーセおよびイスラエルと契約を締結すると宣言したのです。

モーセは今回も四十日四十夜のあいだ山頂にいました。その間、水一滴さえ口にしなかったと記録されていますが、命のみなもとであるヤハウェのすぐそばにいて、しかも背中とはいえ創造者を見たのです。食物摂取なんて回りくどいことをしなくても、モーセの全身に活力がみなぎりまくっていたことでしょう。新しい掟の板を手に下山してきたモーセの顔は、民が恐れて近づけないほどの光を肌から放っていたと記録されています。
この光は、ヤハウェの栄光にふれた余韻でもあったでしょう。朱に交わればといいますが、人はサタンと交われば、悪によって顔が陰鬱になっていきます。モーセは創造者と交わって、栄光によって顔の肌が光るようになったのです。

その後モーセは、ヤハウェと語らうときには素顔で、人々といるときは顔が光るのでベールをかぶることにしました。

おまけ

インマヌエル(神が、私たちとともに)という語は、イザヤ書に数回出てきますが(*2)、出エジプト記には出てきません。
でもたとえば詩編23編では詩人(ダビデ王)は、ヤハウェに向かって「アター・インマイディー」(あなたが、私とともに)と歌っています。


*1 ローマの信徒への手紙3:23

*2 マタイ福音書でイザヤ書が引用されている箇所にも出てきます。

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#087
更新:2009年10月01日

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