出エジプト記 第33回

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金の牛事件[後編](32章)

核拡散防止条約にも核実験防止条約にも加盟していないインドが核実験をやったとき、橋本首相(当時)が「国際社会のルールを破る国にはペナルティーを科す」と言いました。しかしあれは、かなり的外れでした。
核実験の是非を言っているのではありませんよ。ルールに違反した場合の罰則は、ルールに参加している者にしか適用されないものです。条約に参加していないインドに「条約違反だ」とは言えません。(もちろん「条約に参加しているかどうか以前に核実験そのものがいかん」という意見もありえますが、だとしたらなおさら、これまで数え切れない核実験を行ってきた米国の「核の傘」に、守られてきた日本の首相が言えることではありません。)

ヤハウェとの契約も同様です。
ヤハウェがイスラエルに怒りを向けようとしたのは、出エジプト記20章でヤハウェが十戒を提示したときに、イスラエルがこの掟をすべて守ると誓ったのに、それに違反したからです。

作り物の牛を「これがイスラエルをエジプトから導き出した神々だ」と言ったのは、十戒の前文「わたし(ヤハウェ)はあなたがたをエジプトから救い出した神である」と宣言したことの否定。

牛を神としたこと自体、第一条「あなたはわたしをおいてほかに神があってはならない」の違反。

礼拝の対象として牛の像を作り、祭壇で生け贄をささげたことは、第二条の「いかなる像も造ってはならない。それらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない」の違反。

牛の像の前でイスラエルが「たわむれた」と記録されているのは、偶像礼拝につきものの性的乱交と考えられ、第七条「姦淫してはならない」の違反。

十戒を受けてたったの40日もたたないときのできごとでした。

像を片付ける

必死のとりなしでヤハウェの怒りをしずめてもらえたモーセですが、あまりの光景に、思わずあの「掟の板」を地に投げつけて砕いてしまいました。

いえ「思わず」ではありません。ヤハウェが怒りを納めたとはいえ、この民には「神の民」となる資格も掟の板を受け取る資格もないから、「その板は神御自身が作られ、筆跡も神御自身のものであり、板に彫り刻まれていた」という至宝を捨てたのです。

そしてモーセは牛の像に近づくと、それを火で焼き粉々にして(ということは、木製の像に金を貼ったものだった?)、それを水に混ぜて民に飲ませました。

次にモーセは、民をまかせておいたアロンの責任を問います。しかしアロンの答えは、「この民が悪いことは知っていたでしょう」という、反省の色もない言い訳でした。悪いのは民であり、それを承知で自分に押し付けたモーセだと言うのです。
エデンで禁断の木の実を食べたのを、アダムがエバのせいに、エバが蛇のせいにしたのと同じです。

さらにアロンは言い訳します。「民が神々を求めたので、『金を持っている者はそれを差し出せ』と命じました」。
もしかしたら、こう言えば民が思いとどまると思ったのかもしれません。しかし本当に金を出してきたので、「それを火に投げ入れると、この若い雄牛ができたのです。」
・・・子どもでももう少しマシな言い訳を考えそうなものです。

ひとつであるということ

普通の国では、国旗は国民の統合の象徴です。だから相手の国旗に敬意を表することは相手の国に敬意を表することであり、相手の国旗を燃やすことは激しい怒りの表明なのです。日本のように、表彰台に自国の選手がいるときしか反応しないほうが例外なのです。(そうではない日本人のほうが多いとは思いますが、シドニー五輪でも日本人観客が顰蹙を買ってしまったようです)
国民がひとつでいるためには、「ひとつでいたい」という気持ちだけでは続かず、わかりやすい象徴が必要なのです。

イスラエルはひとつの民族ですが、実態は12部族の共同体です。しかも国家の体裁がいまだなく、王もなく、領土もない。ほうっておけば、ばらばらになって当たり前な状態。
でもイスラエルにはヤハウェがいました。一人一人がヤハウェと契約することで、ひとつの集団としてのまとまりが生まれるのです。ヤハウェがイスラエルの旗であり、統合の象徴なのです。
今ここでイスラエルがヤハウェとの関係を断つなら、日本で日章旗も天皇も統合の象徴としない世代にジコチューが多いのと同様、イスラエルはバラバラになってしまうでしょう。

しかも、諸民族は「イスラエルにはすごい神がついている」と恐れていたのに、ヤハウェから離れてしまっては敵中で武装放棄するようなものです。諸民族は、ただでさえ肥沃ということばからはほど遠い領内に200万ものイスラエルが入ってくる前に、あざけりながら襲いかかってくるでしょう。

イスラエルを守るためにも膿(うみ)を出さなくてはならない!
モーセは「ヤハウェの側につく者は、私のもとに集まれ」と呼びかけました。するとレビ族の男たちだけが集合しました。そこでモーセは、こう命じたのです。
「全員、剣を持って宿営を行き巡り、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ」

この命令によってレビ族の男たちが殺した同胞は、およそ3000人だったと記録されています。たぶん、特に行いの悪かった者たちだけを処断したのでしょう。
あるいは、(200万人全員が罪をおこなったわけではなく)この一連の記録は一部の者が罪に走ったことをクローズアップしているのかもしれません。

「だからといって、同朋を3000人も殺すとは、行き過ぎではないか」と思われる読者も多いかもしれません。モーセだって、やっとエジプトから連れ出した同朋を、一人だって殺したくはなかったでしょう。
しかし、12部族連合の統合の象徴であるヤハウェとの関係を断とうとしたのは、今で言うなら国家の解体をもくろむ反政府テロにも相当するものです。加えて、諸民族に「イスラエルはそれでも強力無比な神とともにある」と示すことが安全保障上必要。となれば、断固とした措置はどうしても必要でした。

しかしまだ、一件落着とは言えません。
ヤハウェは、イスラエルを滅ぼさないとは約束してくれましたが、「滅ぼさない」というだけではなく、ヤハウェにはイスラエルとともに、イスラエルの中心にいてもらわなければ。
というわけでモーセはふたたびシナイ山に登っていき、身命(しんみょう)を賭して、いえ命以上のものを賭して、ヤハウェとの再交渉に臨みます。

おまけ

モーセがなぜ、金の牛を砕いたものをイスラエルの民に飲ませたのか、よくわかりません。参考までに、ふたつの説を紹介しておきます。

罪の結果を体に流し込まれる苦痛に耐えることを要求した、という説。ただ、モーセが「ヤハウェにつく者は集まれ」と言ったとき、レビ族以外はあまりまじめに反省していなかったようにも思えます。だとすると、民が素直に飲むはずがないような気もします。

害を受けなければ無罪という裁判方法ではないか、という説。
古代日本では「熱湯に手を入れてヤケドしなければ無罪」という裁判がありましたが、似た風習ではないかというものです。

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#085
更新:2002年12月16日

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