出エジプト記 第32回

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金の牛事件[前編](32章)

たとえばあなたが、とある小国の大使として、超大国へ派遣されてきたとします。その大国と条約を結ぶのが任務です。
あなたの国は何の価値もないのに、相手の王はただあなたの国が好きだというだけの理由で、莫大な経済援助と鉄壁の防衛力をタダでくれるというのです。

任務の重要さに押しつぶされる思いで、それでも無事調印式が終わり、握手して万年筆を交換したその瞬間、相手の王から 「たった今、貴国政府軍からわが国領土へ矢が射込まれた。この条約はなかったことにして、今から貴国へ核攻撃を行う」と言われたら?

大使の面目は丸つぶれ、などといっている場合ではない。王の力の前には、祖国は一撃で消滅するでしょう。本国の愚かさに激しく怒りながら、それでもあなたは命がけで、思い直してくれるように王に頼まないでしょうか。

モーセ怒る

創造者ヤハウェと、イスラエルの代表モーセが、契約を交わしたそのとき。契約書ともいうべき「掟(おきて)の板」がヤハウェからモーセに授けられたそのとき。突然ヤハウェは、モーセにこう言ったのです。

「ただちに下山せよ。イスラエルは堕落し、早くもわたしが命じた道からそれて、雄牛の像を造ってこれを礼拝している。今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒りは彼らに対して燃え上がっている。わたしはイスラエルを滅ぼし尽くし、モーセの子孫を大いなる民族とする」

モーセはどんなに驚いたか。
本当にイスラエルの民がそんなことになっているのか。でもヤハウェの言葉に疑う余地のないことを、モーセはよく知っています。

だからといって「はいそうですか。では私の子孫をよろしくお願いします」なんて言っていられない。なんとかヤハウェに思いなおしてもらわなければ。とは言うものの、イスラエルが滅ぼされるなら、それは滅ぼされるだけのことをしたからで、弁解の余地がないこともわかっています。それでモーセは、ヤハウェ自身の名誉に訴えました。

「どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか」

さらにヤハウェの正義に訴えます。ヤハウェがアブラハムたちに誓った誓いを破ってしまうのか、と。

「あなたは彼ら(アブラハムたち)にみずから誓って『あなたたちの子孫を増やし、与えると約束したこの土地を授け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」

モーセの必死のとりなし(何しろ全能者にたてつこうというのですから、これほど恐れ多いことはありません)によって、ヤハウェは「イスラエルにくだす」と告げた災いを思いなおしました。

しかしモーセは安心する間もなく、待っていた従者ヨシュアと合流して大急ぎで下山します。
くだるにつれ、民のどよめく声が聞こえてきました。事情を知らないヨシュアは、指導者モーセがいない間に敵がイスラエルを攻撃してきたと思い、モーセに「宿営で戦いの声が!」と言いますが、モーセは首を振りました。「これは勝利の叫びでも敗戦の叫びでもない。歌をうたう声だ」

そして「何かの間違いであってくれ」と願っていただろうモーセたちが見たものは、ヤハウェが告げた通り、黄金の雄牛の像に生け贄をささげ、その周囲で酒に酔い、踊り狂い、みだらな行為にふけっていた『神の民』の姿だったのです。

見えないものは信じにくいけど

一体どうしてこんなことになったのでしょうか。ちょっとイスラエル人たちの気持ちを追ってみましょう。

突然あらわれたモーセがファラオと戦い、200万人を超えるイスラエル人奴隷を超大国エジプトから救出し、ここまで導いてきました。行政の効率化のために千人隊~十人隊の長が組織されもしましたが、結局はイスラエルはモーセ一人に率いられて、今までやってきたのです。いえ、実際にはすべて神ヤハウェがしたことで、民はそれに従ってきただけですが、そのヤハウェとイスラエルのあいだを取り持ってきたのもモーセでした。
その、唯一の指導者モーセが、シナイ山にのぼったまま下りてこないのです。しかも山頂は(ヤハウェの威光をあらわす)炎と煙に包まれたまま。イスラエルの不安がつのるうちに、40日が過ぎたのです。

精神的支柱、民族の指導者、宗教的指導者、政治的指導者である一人の人がいなくなっているのです。
さらにモーセは軍事的指導者でもある。今、敵が襲ってきたらどうするのか。このシナイ半島のすべての民族が敵だというのに。
信仰者の集団らしく信じて待てばいい、といいたいとろですが、神官もモーセがつとめていたし、ヤハウェを神とするこの宗教にはご神体とか神像のたぐいは一切ない。

こうなると人間の弱さが出てきます。目に見えないもの、今目の前にいないものを信じ続けられず、目に見えるものがほしくなるのです。
そこでイスラエルは、モーセが留守をまかせていたアロンのもとに集まり、「我々に先立って進む神々を造ってください。モーセがどうなってしまったか分からないからです」と要求したのでした。

ここでモーセと兄アロンの違いが出てしまいます。アロンは、逃亡中の40年を羊飼いとして暮らしていたモーセにくらべて、「統率する」ということに不慣れすぎたようです。民衆に「ただ信じて待て」と言えず、「何が正しいか」より「民衆が何を求めているか」に流されてしまいました。
そして民衆に金の装身具を供出させ、溶かして雄牛の像を造り、「イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ」と宣言したのです。

さらにアロンは、翌日を「主の祭りの日」と定めました。そしてモーセが下山してきたまさにその日、イスラエルは、ヤハウェに対してするように、つくりものの神にむかっていけにえをささげ、そして乱痴気騒ぎを繰り広げていたのでした。

解説

かつてアブラハムがヤハウェから「ソドムとゴモラを、その悪行のゆえに滅ぼす」と告げられたとき、アブラハムは「ソドムの人々がかわいそうだ」ではなく、「正義である主が、もしソドムに正しい人がいても一緒にほろぼしてしまうのですか」ととりなしました。

ヤハウェは愛そのものですが、同時にヤハウェは正義そのものなのです。「神は愛なり、というなら、大目に見てもいいじゃないか」というのは人間の甘えで、正義を曲げてまで悪を見逃すことはないのです。

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#084
更新:2009年10月01日

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