出エジプト記 第29回

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祭司のファッション(28章)

祭司の任命

ヤハウェは、幕屋についての指示に続いて、幕屋でおつとめに当たる祭司について指示しています。祭司とは、創造者と人間のあいだをとりもつ役割で、人々の代わりに幕屋でいけにえをささげ、人々の罪を創造者の前に清算し、人々の罪を赦してくれるように創造者にとりなすのです。

その祭司に任命されたのは、

祭司としてわたしに仕えさせるために、イスラエルの人々の中から、兄弟アロンとその子ら、すなわち、ナダブ、アビフ、エルアザルとイタマルを、アロンと共にあなたの近くに置きなさい。

アロンとモーセは、イスラエルの12部族の中ではレビ族に属していますが、祭司職はレビ族の嗣業(しぎょう=代々嗣(つ)ぐ家業)となります。スポークスマンとして、モーセがヤハウェから預かった言葉を広報する役割だったアロンとその子孫が、あらためてこの任に任命されたわけです。

祭司の服装

その祭司、とくに大祭司アロンのために「威厳と美しさをそえる聖なる祭服」について指示されました。胸当て、エフォド、上着、格子縞の長い服、ターバン、飾り帯を、金、青、紫、緋色の毛糸、亜麻布でつくるのです。

エフォド

どういう衣装なのか今ひとつはっきりしないのですが、腰に巻くような織物で、サスペンダーで肩当てとつながっていたようです。
衣装の一番上に着たもので、デザイナーの描いた模様が織りこまれ、肩当てには、金で縁取りされたラピス・ラズリが、純金の鎖を編んだ組みひもで取りつけられました。
この宝石にはそれぞれイスラエルの12部族の名が6ずつ彫られ、大祭司は文字通り双肩に民全員を背負って、創造者の前に進み出るのです。

さばきの胸当て

次に「さばきの胸当て」の織り方が命じられました。エフォド同様、デザイナーが模様を描き、正方形で、宝石が4列に並べてつけられました。その宝石とは、

筆者は宝石には詳しくないのですが、たぶん豪華なものだったろうと思います。これらはエフォドのラピス・ラズリ同様、金で縁取りされました。
この12の宝石は12の部族を象徴しますが、どの石がどの部族で、だからこの部族のほうが重要だ、というよりも、12の、それぞれに個性のある部族が、大祭司によって創造者の前にともなわれるということでしょう。

この胸当てが「さばきの胸当て」とあるのは、この中にウリムとトンミムが入れられたことによるようです。このふたつ、詳細はわかりませんが神託を受けるアイテムだったようで、アロンは聖所でこのアイテムによって、創造者からイスラエルへの指示を示されたようです。

上着

エフォドの下には、青い上着を着ます。1枚の布に頭を通す穴をあけただけのもので、お坊さんの袈裟(けさ)のようなものかもしれません。

すそにはカラフルな毛糸でつくったざくろの飾りと、金の鈴が交互につけられました。
大祭司が「主の御前に出るときにも、立ち去るときにも、鈴の音が聞こえるようにして、死を招くことがないためである。」という記述は、鈴の音が、大祭司がヤハウェが命じたとおりの祭服で神前に出ている証拠となる、という意味のようです。
大祭司ともあろう者が、人々の罪の清算のために神前に出る時に、創造者による制定を無視した服装をすれば、死は免れないということでしょう。カタチが大事なこともあるのです。

額(ひたい)当て

純金製のフダをつくり、後述するターバンの正面にとりつけます。花の模様があり、その模様の上には「主の聖なる者」と彫られました。

ターバンと長服

長服、ターバン、飾り帯についての指示があります。ここまではアロン(大祭司)の衣装の規定でしたが、これらはアロンの子ら(大祭司以外の祭司)の衣装でもあります。
これらの衣装を着て、香油を頭から注いで祭司任職式をおこなうことで、大祭司と祭司を聖別(聖なるものとして他と区別し、創造者のためにとりわけること)して、おつとめにあたらせるのです。

ズボン

以上で祭司の衣装についての規定は終わりですが、もうひとつ追加がありました。ズボンをはいて、腰から腿までの肌を隠すようにと指示があったのです。

人類がはじめて罪というものを知ったとき、つまりアダムとエバが罪を自覚したとき最初にしたことは、いちじくの葉で腰を覆うことでした。ノアが泥酔したとき、泥酔した事実よりも、酔って裸をさらしたことを恥じました。十戒の定めの直後には、「隠し所があらわにならないために」祭壇によじのぼってはならないと命じられました。

他の宗教、とくに自然崇拝から発生した多神教では、生殖は豊穣を象徴するとして、豊作祈願のために神前でみだらな行為にふけったり、性器を強調した神像やご神体をつくったりすることがあります。しかし聖書は、恵みは創造主が一方的に与えてくれるものとします。性行為は、創造者によって結ばれた夫婦間で「産めよ増えよ」という祝福のために行われるだけで十分なのです。神前でみだらな行為をするどころが、祭司が間違っても(たとえば祭司が転んだりしても)「隠し所」をあらわにすることがないように、ということでの「ズボン着用義務」です。

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#081
作成:2000年11月28日
更新:2002年12月16日

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