出エジプト記 第25回

menu

契約締結(24章1節~11節)

23章までに、「ヤハウェからの契約の申し入れ→身を清めるなどの契約の準備→契約条項の提示」がありました。
そしていよいよ、イスラエルの民とヤハウェのあいだで契約が結ばれます。

調印式

全イスラエルは声を一つにして「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」と言って、契約に参与することを表明しました。
モーセは、ヤハウェのことばを一つ残らず書きとめて記録し、翌朝に早起きするとシナイ山のふもとに祭壇を築きました。そしてイスラエルの12部族のために12の石柱を建てたのです。これは、全イスラエルがこの契約に参与したことの象徴です。

そして民の中から若者たちを選び、家畜を屠(ほふ)らせ祭壇でささげさせました。
普通に考えると長老とかにやらせそうな重要な役目ですが、モーセはなぜ若者たちにやらせたのでしょうね。若者の信心ばなれを防ぐためでしょうか。

その家畜の血を器にとったモーセは、まずその半分を祭壇にかけ、それから昨日書きとめた契約の書をあらためてイスラエルに聞かせました。そしてイスラエルがこれらの条項を守ることを再度宣誓すると、モーセは残りの血をイスラエルにふりかけたのです。

民とヤハウェの双方がいけにえの血をかぶることで(ヤハウェに血をかけることができないので代わりに祭壇にかけたわけ)、この契約は締結されました。

調印式

それからモーセはヤハウェに呼ばれて、イスラエルの代表(アロン、ナダブ、アビフそして70人の長老)とともに山の中腹へ登っていきました。

そこで彼らは、自分たちの神を見た、と記録されています。神の足の下には大空のように澄んでいるサファイアの敷石のようなものがあったと、詳細に記録されているのです。

もし人間が目で神を見るなら死んでしまうと、聖書に繰り返し書かれています。しかしこの時は、ヤハウェが「民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかったので」彼らは無事だったと書かれているのです。
人が神を見ると死んでしまうというのは人に罪があるためです。そして正義そのものであるヤハウェは「今日のところは勘弁してやる」などということはせず、裁くべきは厳に裁きます。

おそらくヤハウェは、間接的に代表団に自分を示したのでしょう。たとえばヤハウェは幻や夢の中でイメージを提示するという手をよく使います。
と言っても、代表団はここで食事し乾杯していますから、眠っていて夢の中でヤハウェを見たわけではありません。もしかしたらですが、ヤハウェと一つであるキリストが、人の姿で代表団の前に現れたのかもしれません。

いずれにせよ代表団は、「今ここに、神がわれらと共におられる」という実感に満たされながら、神と共に食卓についたわけです。
契約を結んだ同士がともに食事するのは、ヤコブとラバンの例にもありましたが、国家と国家が条約を結んだあとに晩餐会をするような感じでしょう。

第三部への序章(24章12節~18節)

会食のあと、代表団は一度下山したようですが、モーセはふたたびヤハウェに呼ばれました。
そこでモーセは長老たちに、自分が戻るまでアロンとフルの指示に従うようにと言い残し、従者ヨシュアを連れてシナイ山に入山しました。そして中腹にヨシュアを残すと、そこからは一人で登っていったのです。
するとまたも雲が山を覆い、「主の栄光」が頂上にとどまりました。そのまま6日が過ぎ、7日目にようやくヤハウェが呼びかけたので、モーセは山頂付近の雲の中へさらに登っていきました。

そこでモーセが何をしていたのかは、次号からの第三部「幕屋編」で。
結局モーセは、トータル40日40夜のあいだ山を下りてきませんでした。雲の中で、ヤハウェから指示を受けるなどしていたのです。
一方、山のふもとで待つイスラエルは、山頂で燃える火のように見える「主の栄光」の中にモーセが入っていったまま何日も経過するにつれ、不安をつのらせていきます。そしてついに民は。。。

おまけ

契約を結ぶくだりの記録で、モーセが「朝早く起きて」と記録されているところに、興味を感じます。
人間ごときが全能者と契約を結ぶというとんでもないできごとに際して、夜だからってよく眠れるものだ、というか。興奮して寝付けそうにないように思うのだけど。

前へ 上へ 次へ

#077
作成:2000年10月20日
更新:2002年12月13日

布忠.com