出エジプト記 第23回

menu

契約の書(3)

弱者保護義務(22章20節~26節)

<寄留者の保護>
外国人寄留者の虐待が禁じられ、それはイスラエルがエジプトで寄留者として苦しんだのだからだ、と添えられています。
奴隷だったイスラエルは、自分の力で自由を勝ち取ったのではなく、ただヤハウェの一方的なあわれみによって開放されたのです。イスラエルが強かったのではなくヤハウェが強かったのです。
だから、弱い立場の者をしいたげることを、ヤハウェは許さないのです。

<寡婦・孤児の保護>
「もしあなたが寡婦や孤児を苦しめるなら、主はけっしてそれを放置せず、あなたを剣で殺す。あなたの妻は寡婦に、あなたの子は孤児になる。」

イスラエルは当面はカナンの民族と、建国後は周辺の大国と、戦争が続きます。特にイスラエルがヤハウェにそむいている時の戦争では、多くの犠牲者が出ました。
当然、戦争寡婦、戦争孤児も増えます。そして父系社会であるイスラエルでは、夫や父を亡くした者は非常に立場が弱いのです。ただでさえ悲しみの中にある寡婦や孤児をさらに苦しめる者を、ヤハウェはきびしく裁くと宣言しています。

ソロモン王は、妻700人、そばめ300人という多妻ぶりでしたこれも、戦争寡婦の保護という側面があったのではないかと思います(あくまでも想像)。ソロモン王の場合には政略結婚も多かったのですが、700人すべてが政略結婚ということはないでしょう。意外なことにというべきか、聖書は一夫多妻を禁じていないのです。(ソロモンは外国人の妻の宗教にかぶれてヤハウェに裁かれましたが、多妻自体は罪に問われていません)

<利子の禁止>
貧しい同胞に金を貸す場合、高利は禁止されました。また、上着を質にとった場合は、日没には一度かえしてやるよう命じられました。この上着というのはマントのようなやつで、貧しい者にとっては唯一の夜具でもあるのです。砂漠が昼と夜の気温差が激しいのはご存知かもしれません。上着にくるまってでないと、とても眠れないのです。(そんな土地だから、マタイ5:40のキリストの教えが重く響くのです)

宗教的義務(22章27節~30節)

ヤハウェをののしることと同等に、民の代表者を悪くことが禁じられました。新約聖書には「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです」という教えもあります。
政治家の悪口を言う前に「国家が何をしてくれるかではなく、国家になにをできるかを問え」というところでしょうか。

収穫の中からヤハウェに奉献するのを遅らせてはならないこと、男児の初子、家畜の初子をヤハウェにささげることが、繰り返されています。優先順位の最上位にヤハウェを置くことの規定です。

ヤハウェを第一にするのと同時に、人は自分自身を、ヤハウェに属する者としてきよくしていなければなりません。人間には、神に属する者と悪魔に属する者の二種類しかなく、「どちらかといえば神に属する」というものはないのです。
「きよい/きよくない」の区別を意識するシンプルな方法として、聖書では多くの食物に関する規定が定められました。ここでは「野外でかみ殺された肉を食べてはならない」と定められています。獣に殺された肉と肉屋に殺された肉に物理的な違いはありませんが、ヤハウェが「これはきよくない」とした定めに従うかどうかが問われるわけです。

証人の義務(23章1節~3節)

ヤハウェは弱者を守る神ですが、同じに正義そのものです。
裁判で法を曲げるための証人になることは禁じられました。それが悪人に味方したり多数に追随したりというのは当然ながら、弱者をかばうためであってもです。

敵に対する義務(23章4節~5節)

敵といっても、ここでは、戦時下の敵というよりは、日常生活の中で敵対している隣人という範囲だと思われるのですが、その敵の財産である家畜が道に迷っているのを見つけたら必ずそれを彼の元に連れ戻してやること、敵のロバが荷物の下敷きになって困っていたら、必ず一緒に助け起こさねばならないことが定められました。

イスラエルはひとつの民族であると同時に、十二部族の共同体でもあるのです。(ときには部族同士で戦争になることもあった)
この規定も、共同体という社会を維持するためにヤハウェが配慮した定めであるように思われます。

裁判官の義務(23章6節~9節)

裁判で、貧しい者への判決を曲げたり、賄賂を取ることが禁止されました。ヤハウェは「わたしは悪人を、正しいとすることはない」と断言しています。賄賂を取って悪人を無罪にすることは日本でも「法と秩序に対する反逆」などと言われますが、聖書ではこれに加えて「神に対する反逆」にも問われるわけです。

安息についての義務(23章10節~12節)

これも弱者保護義務のうちともいえます。
自分の土地とはいえ、6年間使った畑は、7年目は休耕地にしなければならないとされました。
ぶどうの木を剪定することも禁止。畑に残っていた種が偶然芽を出し実がなっても、刈り入れてはならないのです。それらは、貧しい者たちや動物たちのために、ヤハウェが実らせたものとされました。
(7年目でなくても、たとえば収穫作業の最中に落とした麦の穂は拾ってはならず、それは貧しい者たちのために残されました)

前へ 上へ 次へ

#075
作成:2000年9月21日
更新:2002年12月13日

布忠.com