出エジプト記 第19回

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シナイ山到着(19章1~2節)

イスラエルはレフィディムを出発し、シナイ山のふもとの荒れ野に到着しました。「ホレブ」とも「神の山」とも呼ばれる、かつてモーセがヤハウェから命令を受けた山です。

到着は「エジプトの国を出て三月目のその日」だったと記録されています。それは、過越祭から50日後のことでした。この日は現在でも「シャブオット(7週の祭り)」と呼ばれ、ユダヤ教三大祭りの一つとして大事にされています。(*1)

祭りとして後世まで伝えられる日。それは、神ヤハウェとイスラエルの間に契約がかわされる、イスラエルの新しい歴史が始まった重要な日なのです。この契約が、出エジプト記の後半の主題です。

さかのぼればアブラハムのときから、ヤハウェとイスラエルのあいだに契約はありました。でもそれはヤハウェが一方的に恩恵を与えるという内容で、イスラエル側は「契約調印の証拠として割礼を受ける」ということ以外何も求められていない契約だったのです。そしてその契約は、ヤハウェと族長個人のあいだでの契約でした。

しかしこのシナイ契約から、ヤハウェとイスラエルの関係は新しい段階に入ります。ヤハウェのおきて=律法が示され、族長個人ではなくイスラエルの民全体がヤハウェの声に聞き従うことが求められる契約なのです。

今までの契約は、ヤハウェが「あなたにこういう恵みを与える」と一方的に契るもので、実はイスラエルは拒否する権利がなかったのです。といっても、全能の神がタダで恩恵をくれるなどというオイシイ話しを拒否する理由はなかったでしょうが。 でもこれは予備的な段階でした。

契約というものには、契約に参加する双方に責任が発生するのが普通です。シナイ契約では、ヤハウェの声に聞き従いヤハウェの契約を守る責任がイスラエルに、イスラエルが従うなら恵みを与えるという責任がヤハウェに、発生するようになるのです。

といっても、イスラエルがどんなにがんばったって、人間が負える責任が全能の神であるヤハウェの与える恩恵とバランスとれるはずがないのですが。「おきてだとか戒律だとか、聖書ってのは窮屈だ」といっても、それをはるかに上回る恵みがあるのですから、あいかわらずオイシイ話しなのです。

準備(19章3節~25節)

国家間で国交や条約をむすぶにしても、予備会談だとか事務次官協議だとかいろいろな準備があるわけですが、神と契約を結ぼうというときにイスラエルはどんな準備をしたのでしょうか。

ヤハウェからの呼びかけ

この契約は、ヤハウェがイスラエルに持ちかけたものでした。ヤハウェはモーセを通してイスラエルに告げました。

あなたたちは見た
わたしがエジプト人にしたこと
また、あなたたちを鷲の翼に乗せて
わたしのもとに連れて来たことを。

たった50日間のあいだでさえ、イスラエルはヤハウェとモーセに何度も反抗しました。それにもかかわらず今までヤハウェがイスラエルをどれだけ愛し、守り育て、恵みを与えてきたかを、ヤハウェはイスラエルに思い出させました。その上で、契約の締結を呼びかけたのです。

今、もしわたしの声に聞き従い
わたしの契約を守るならば
あなたたちはすべての民の間にあって
わたしの宝となる。

イスラエルの民は全員が一斉に「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」と答えました。モーセがこの答えをヤハウェに取り次ぐと、ヤハウェはモーセに告げました。

見よ、わたしは濃い雲の中にあってあなたに臨む。
わたしがあなたと語るのを民が聞いて、
いつまでもあなたを信じるようになるためである。

本当なら、ヤハウェが姿をあらわして契約をむすぶところなのですが、あまりにも聖なる神を見れば人は死んでしまうのです。それでヤハウェは、民がヤハウェの声だけを聞けるように、ヤハウェがモーセと語るのを聞いて、ヤハウェの代理人たるモーセに従うように、配慮したのです。

旧約聖書では、雲はたびたび、ヤハウェの臨在(りんざい:ヤハウェが確かにその場にいること)の象徴として登場します。

契約にそなえる

ヤハウェはモーセに命じて、契約のために次のような準備をさせました。

「聖別(せいべつ)する」というのは、聖なるものとして他と区別するということですが、水で身を清めるなどの儀式を意味するものでしょう。当然ながら、かたちだけ水浴すればいいというのではなく、これらを実行する過程で自分の内面も聖別するのです。

また、民は間違ってもシナイ山に登らないように命じられました。ヤハウェがそこにいる間、この聖域にふれるものは人でも獣でも生かしておいてはならないという、厳しい命令です。

といっても、三日目の朝には、神の顕現にともなう雷鳴と稲妻と厚い雲が山に満ち、しかもどこからとも知れない角笛の音が鋭く鳴り響いたので、民は恐れて宿営の中でふるえていて、聖域をおかすどころではありませんでしたが。

そんな民をモーセは、山のふもとまで連れ出しました。ヤハウェがモーセと語るのを聞かせるためです。
そしてヤハウェがいよいよ山の上にあらわれました。といっても民には見えません。モーセにも見えません。山全体が煙に包まれ、鳴動したのを見たのです。それはただの地震や噴火ではなく、ヤハウェが確かにそこに来たことの影響でした。大自然が、創造者の登場に答えているのです。角笛はますます鋭く鳴り響きます。モーセがヤハウェに呼びかけると、ヤハウェは雷鳴で答えます。
・・・民は生きた心地がしなかったことでしょう。

そしてヤハウェに呼ばれてモーセがただ一人、山に登っていきました。
モーセが近づくとヤハウェは「もう一度下に降りて、民が主を見ようとして結界を超えて死ぬことがないように警告せよ」と命じました。モーセは「先にも警告されたので、民が登ってくることはありません」と答えましたが、自分たちは神の民と思っているイスラエル、とりわけ自分たちは他の者よりきよいと考えがちな祭司が、登ってきてしまう可能性をヤハウェは見積もっていたのです。

本来、人が、ヤハウェと顔をあわせるというのは、至福ともいえることです。でもアダムとエバが罪を犯し、ヤハウェの顔を逃れて身を隠して以来、アダムとエバの子孫として罪を相続してきている私たち人間は、ヤハウェと顔を合わせるなら命を落としてしまうのです。キリストがあいだに立ってとりなしてくれないことには修復不可能なほど、罪ある人間は聖なる神から離れてしまっているのです。


*1 シャブオット:「シオンとの架け橋」http://www.zion-jpn.or.jp/shavuot.htmを参照。

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#071
作成:2000年8月18日
更新:2002年12月13日

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