出エジプト記 第18回

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年の功(18章)

再会

初めての戦闘に勝利し、喜びにわくイスラエルの陣営。そこへさらなる喜びがモーセを訪れました。舅(しゅうと)のエトロが、モーセの妻ツィポラと二人の息子を連れて、イスラエルの陣営をたずねてきたのです。

モーセの活躍、もとい、モーセをとおして「イスラエル人の神」がしたことは、隊商などによって付近の国々や地方にもまたたく間に運ばれていったでしょう。
なにしろイスラエル人の神は、超大国エジプトを十の災害で翻弄し、イスラエルを奴隷状態から救い出し、エジプトの大軍団を葦の海で壊滅させ、成人男子だけでも60万ですから全体では250万人ともいわれる民を荒野で養い続けているのです。

噂はミディアン地方にも伝わり、モーセの舅であってミディアン人の神々に仕える祭司エトロの耳にも届きました。モーセは大役のためにエジプトへ向かう途中、妻子を実家に預けていたのです。エトロは婿が任務を立派に遂行しているのを知り、ツィポラたちを送ってきたのでした。

かつてモーセが神の山ホレブでヤハウェから命を受けたとき、ヤハウェは「イスラエルは脱出後にこの山で神を礼拝することになる」と約束しました。このことをエトロは娘ツィポラから聞いていて、神の山に行けば脱出してきたイスラエルとモーセに合流できるとやってきたのでしょう。

もちろん、モーセは熱烈歓迎です。舅たちを迎えると、「あらゆる困難に遭遇したが、主がイスラエルを救い出されたこと」の一部始終を語り聞かせたのです。あんなに「私は口ベタです」と言っていたのにね。

聞いていた噂を本人に確認したエトロは「イスラエルの神、主は、すべての神々にまさって偉大だ」と賛美し、焼き尽くす奉納物といけにえを神にささげました。
イスラエルから見ればエトロは異教徒の神官なのですが、エトロがヤハウェの権威をみとめて奉納物をささげるのを見て、民もエトロを歓迎したのです。アロンやイスラエルの長老もやってきて、ともにヤハウェの前で食事をしたと記録されています。

組織化

さて、モーセはイスラエルをエジプトから引率してここまでやってきたわけですが、指導者の任にあたっていたのは彼一人でした。彼は宗教的指導者としてヤハウェの言葉を民に伝え、軍事的指導者としてヨシュアを戦場に送ったのですが、それだけではなくイスラエル人同士の民事訴訟も彼が責任を負っていました。
民250万人に対し指導者はモーセ一人。そして民は、どんな小さいもめごともモーセをとおしてヤハウェにお伺いを立てた、つまり何かもめごとがあると全部モーセのところにもってきたわけです。

エトロが再会の翌日、「どれ、娘の亭主の仕事っぷりでも見てから帰るか」と思って見ていると、民はモーセの前に長い行列をつくりました。モーセがいかに能率的に裁いても、訴える者が多すぎて、民は結局朝から晩まで並んでいたのです。

エトロは思わずモーセに意見しました。「裁判官があなた一人では、あなた自身も、朝から晩までお裁きを待って並んでいる民も、疲れ果ててしまうではないか」と。そしてモーセに、「神があなたと共におられるように」と一言おいた上で、知恵を与えたのです。それは、イスラエルを組織化するというものでした。民のうちからふさわしい人物を立てて千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長に任命し、モーセと分担するのです。
モーセは本業、つまり民を代表して神の前に立つことと、神のおきてと定めを民に示してイスラエルの歩むべき道となすべきことを伝えることに、専念する。ちいさいゴタゴタは長たちにまかせ、彼らの手におえず神意を尋ねる必要があるものだけモーセのところに持ってくるようにする。

「一人で無理なら、何人かで分担する」というくらいのことは誰でも思いつきそうですが、モーセは今までそうしませんでした。ヤハウェから「民を導き出せ」と命じられた以上、自分が全責任を負わなければと思っていたのでしょう。分担することを思いついても、自分の知恵に従うより、ヤハウェの命令に従うほうが大事です。
エトロは助言する前に「神があなたと共におられるように」と言い、助言のあとにも「あなたがこのやり方を実行し、神があなたに命令を与えるならば、万事うまくいく」と、ヤハウェに従うモーセを立てるように話しを持っていったわけです。モーセも80歳の老人ですが、エトロはさすがひとつ上の世代、しかも自身も自分の神に仕える祭司という彼ならではの説得術といえます。

モーセは舅の言うことを聞き入れた、と記録されていますから、ヤハウェにたずねて命令をいただいたのでしょう。エトロの勧めのとおり、敬虔で有能で清廉な信頼できる人々を選んで千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長を任命し、平素は彼らが民を裁き、難しい事件はモーセのもとに持って来るようにしたのです。

こうして、かつての奴隷の集団は、ひとつの社会としての秩序を獲得していったのです。
エトロは、これならモーセも任に耐えるだろうと安心して、娘と孫をモーセのもとに残して、自分の国へ帰っていきました。

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#070
作成:2000年5月25日
更新:2002年12月11日

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