出エジプト記 第12回

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あがない(12章43節~13章16節)

イスラエルがエジプトを出ていくとき、「種々雑多な人々」も加わったため、ヤハウェは過越し祭のおきてを繰り返しました。

その第一は、外国人についての規定です。外国人は祭に加わることはできないと定められましたが、割礼を受けてヤハウェへの信仰を表明すれば、アブラハムとヤハウェの契約に参与する者とされ、祭に加わることが許されました。

次にヤハウェは、モーセを通してこのように命じました。

すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開くものはすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである。

聖別(せいべつ)というのは「神のために、聖なるものとして他のものから区別する」という意味です。
ヤハウェがエジプトを撃ったとき、すべてのエジプト人の初子と、エジプト人の家畜の初子は死にました。しかし、イスラエル人の初子とイスラエル人の家畜の初子は、ヤハウェがその前を過ぎ越したので命を得ました。そのことを記念するために、イスラエル人の初子とイスラエル人の家畜の初子を、他と区別してささげ、ヤハウェのものとせよ、というおきてです。

具体的には、家畜の初子がオスなら、それはヤハウェのものとして祭壇にささげます。ただし、ロバの初子については、けがれた家畜を祭壇にささげることは許されず、小羊であがなうことが命じられました。(けがれている動物の種類についてはレビ記11章)
また、イスラエル人の初子についても、本人を祭壇にささげるかわりに動物であがなうこととされました。

そして、このさだめの言葉を腕と額(ひたい)につけて記憶せよ、と命じられました。ユダヤ教ではこれにしたがって、平日の朝の祈りの時間には、羊皮紙の巻き物を収めた小箱を腕と額に結わえ付けて祈るようになりました。(山伏がひたいにつける小箱のようなイメージ)

ちなみに、イエス・キリストも長男だったので、父ヨセフと母マリアはその生後八日目にあがないのささげものをささげました(ルカ福音書2章21-24)。そのキリストが十字架で殺されたのは、人の罪をあがなう(贖罪=しょくざい)ために、神の前にささげられたものだったのです。

ファラオvsヤハウェ[最終決戦1](13章17節~14章4節)

さて、エジプトを出発したイスラエルは、ヤハウェとアブラハムの契約による「約束の地」カナン(現在のパレスティナ地方)を目指して旅を始めたました。ナイル下流のデルタ地帯からパレスティナに行くなら、地中海にそって海沿いを行くのが近道です。がしかし、ヤハウェは彼らをそちらへは導かず、荒れ野へ迂回させました。
海沿いは強力なペリシテ人の勢力範囲。イスラエルは、アブラハムの時代には周辺の王たちも一目おく豪族でしたが、その後は長い間、奴隷として生きてきたのです。戦わなければならないとなれば「エジプトに帰った方がいい」と、ヤハウェとモーセに反抗するでしょう。

それでヤハウェは『葦の海』(*1)に通じる道へと、昼は雲の柱で導き、夜は火の柱で導きました。砂漠と言ってもいい荒れ野は、日中は暑く、夜は急激に冷え込みます。雲の柱は日差しから、火の柱は夜の寒さから、200万人とも言われる民を守ったのでしょう。民は昼も夜も行進することができた、と記録されています。

このとき、モーセはヨセフの遺骨(ミイラ?)をたずさえていた、と記録されています。エジプトで宰相にまで上り詰め、父ヤコブの一族をエジプトに移住させた、あのヨセフです。
ヨセフは死の間際に「神が必ず、父祖に誓われた約束の地へ連れ帰してくださるから、その時には私の骨を連れていってくれ」と遺言しましたが、数百年のときを経てその遺言が実行されたのです。

ところで、ヤハウェは出発直後にモーセにひとつの指示を出しました。

イスラエルの人々に、引き返してミグドルと海との間のピ・ハヒロトの手前で宿営するよう命じなさい。バアル・ツェフォンの前に、それに面して、海辺に宿営するのだ。

これらの地名が現在のどこを指すのか、正確にはわかりませが、聖書の記述によるとそこは地形的に行き止まりであったようです。

このヤハウェの指示の意図はこうでした。
イスラエルが、約束の「三日の道のり」を超えて逃亡した上に、荒野で道に迷って袋小路にはまった。となれば、ファラオが全軍を率いて追撃する。それをヤハウェが打ち破って栄光を現し、イスラエルの神こそ主であることをエジプト人に知らしめる。

モーセは、ヤハウェの策のとおりに袋小路へ民を導き、宿営しました。果たしてファラオはやってくるのか。ヤハウェは今度はどのようにして、エジプトの軍団をうちやぶるのでしょうか。


*1 葦の海
どこであるかは未詳。このためイスラエルの出エジプトルートもはっきりとはわかっていない。

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#064
作成:2000年3月15日
更新:2002年12月11日

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