出エジプト記 第2回

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モーセ誕生(2章1節~4節)

レビ人(ヤコブの12人の息子のうち、レビの子孫の一族)アムラムと妻ヨケベドに次男がうまれました。普通なら家中が喜びの声で満ちるところですが、長男アロンが生まれた頃とは事情が違います。王命により、ヘブライ人(=イスラエル人)に男児が生まれたら殺さなければならないのです。
なんとか三ヶ月は隠していましたが、赤ん坊というのはこれくらいから泣き声が急に大きくなるものです。

「だめだ、もう隠しておけない。だからといって。。。」
思い余った両親は、すべてを神ヤハウェにゆだね、防水したカゴに赤ん坊を入れてナイル河のほとりの葦の茂みに流したのでした。

祈りながら両親が去ったあと、このアロンの姉ミリアムだけが様子を見ていました。するとそこに現れたのは。。。

プリンス・オブ・エジプト(2章5節~10節)

やってきたのは、ファラオの王女でした。神聖なるナイルでの水浴は寿命を伸ばすと信じられていたのです。

王女は葦の間にカゴを見つけ、取りに行かせました。開けてみると、男の赤ん坊が泣いているではないですか。
王女はすぐに、「これはヘブライ人の子に違いない」と察しました。ということは父が出した命令を知っていたのでしょう。であれば、父とはいえ神々にも等しいファラオの命令に、王女といえども違反することはたやすくなかったはず。しかし目の前で泣く赤子を見て王女は不憫に思い、なんとかできないものかと思案しはじめました。

そんな王女の表情を察したのがミリアムでした。奴隷の身で王女の前に出るなど畏れ多いことだったでしょうが、今が唯一の機会とばかりに飛び出し、言ったのです。「この子のためにヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか」

なぜこんなところにヘブライ人の少女がいるのか。なぜこんなことを言い出すのか。なぜ、ちょうど乳がでるヘブライ人の女を知っているのか。ちょっと想像力を働かせれば、少女が赤ん坊の関係者であることも、赤ん坊の実母のことを言っているだろうことも、察したでしょう。しかし王女はそ知らぬ顔で「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったのです。

こうして、絶妙なタイミングと姉の機転で、赤ん坊は死をまぬがれただけでなく、王女公認で自分の民族の中で育てられることになったのです。
それは乳離れするまでのわずかな期間だったでしょうが、母ヨケベドはヤハウェに感謝しながら、この時期にヘブライ人として、つまりヤハウェの民としての教育を行いました。

その子は大きくなると王女の元へ連れていかれ、王女の子となりました。そして王女は「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから」(*1)と、その名をモーセと名づけたのです。

のちにイスラエルの指導者となるモーセはこうして、イスラエルの民としてのアイデンティティと、王家の子としての最高の教育を身につけたのです。

逃亡(2章11節~22節)

ただ一人めぐまれた環境におかれ成人となったモーセでしたが、依然として同胞たちは、奴隷として重労働にあえいでいました。そのことをモーセはもちろん知っていたでしょう。あるいは「いつか自分が王座につく日が来るなら、その時に同胞を解放しよう」と考えていたかもしれません。

しかしある日、おそらくは視察にでも出たのでしょうか、モーセは同胞が重労働に苦しめられ、監督のエジプト人に打たれているのを見てしまったのです。自分に流れるイスラエル人の血がそうさせたのか、彼は人気のないところでその監督を打ち殺し、死体を埋めて隠しました。

この時モーセは「同胞を救った」と考えたかもしれません。しかしこれは、同胞への愛からの行動ではあっても、ヤハウェがよしとするやり方ではなく、ことは露見します。しかも彼が救おうと思った同胞イスラエル人の目撃証言から。
次の日にモーセが視察に出ると、イスラエル人同士がケンカしていたのです。モーセが仲裁に入ると片方が「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」というではないですか。

見られていたのか!しかもこのことがファラオの耳に入り、モーセを捜索しはじめたのです。やむなくモーセは出奔、ミディアン地方(*2)まで逃亡することになったのです。
この地でモーセは、地元の祭司の娘を暴漢から助けたのが縁で、その祭司のもとに身を寄せます。「もはやエジプトには戻れない。エジプトにいる同胞のもとにも。」とここにとどまることを決めたモーセに、祭司は娘ツィポラを嫁がせました。やがて子供も生まれ、モーセはこの地で長く平和に暮らしました。

・・・と書くとこれでめでたしめでたしになってしまうのですが、モーセが80歳にもなったころ、転機がおとずれるのです。


*1 マーシャー
ヘブライ語で「引き上げた」の意だが、エジプトの王女がヘブライ語で命名したとは考えにくい。おそらく、エジプト語の「○○モセ」(エジプトの男性名にはラムセスやトトメスなどの例がある)とかけている。

*2 ミディアン地方
ミディアンはアブラハムの後妻の子で、その子孫ミディアン人の住む地。位置は未詳。

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作成:1999年11月29日
更新:2002年12月11日

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