出エジプト記 第1回

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出エジプト記の基礎知識

出エジプト記の読破に取りかかる前に、全体像をかる~く押さえておきます。

約束の地カナンへの出発

旧約聖書の第2巻である出エジプト記(しゅつえじぷとき)は、その名の通り「イスラエル民族がエジプトから出た」ことが記録されています。

創世記の最後で、ヤコブの子孫たちはエジプトに移住しました。しかし時が流れ、ヤコブの子孫であるイスラエル民族はエジプトで奴隷となって苦しんでいたのです。
彼らのうめき声は天に届き、神は民族の父祖であるアブラハムとイサクとヤコブに約束したカナンの地へと、エジプトからイスラエルの民を救い出します。

しかし出エジプト記は、エジプトを出たところまでしか記録されていません。
エジプトから出て、神が「この地をアブラハムの子孫に与える」と約束した地カナン(現在のパレスティナ)に入るまでに注目すると、出エジプト記は次のような位置付けになります。

第1巻・創世記イスラエル民族、エジプトに移住
第2巻・出エジプト記モーセに導かれてエジプトを出る
第4巻・民数記(みんすうき)イスラエル民族、荒野をさまよう
第5巻・申命記(しんめいき)モーセからヨシュアに世代交代
第6巻・ヨシュア記ヨシュアに率いられて約束の地カナンに入る

(第3巻のレビ記は法律集で、イスラエル民族の移動の記事はありません。)

タイトルと内容

ヘブライ語での書名は「これは名前である」です。ちょっと珍妙ですが、もともと(他の古代文書と同じく)書名というものはなく、冒頭の最初の二語を書名がわりにしていたものです。ちなみ出エジプト記冒頭はヘブライ語で「そしてこれらは 名前である 息子たちの イスラエル(=ヤコブ)」となっています。

内容は、「出エジプト記」という割には、実はイスラエルがエジプトから出たことの記録は、出エジプト記の1/3でしかありません。出エジプト記は次のような構成になっています。

第1部エジプト脱出
第2部神ヤハウェと民の契約(イスラエルがヤハウェから律法(りっぽう)を授かる)
第3部幕屋(まくや:テント型の可搬式神殿)について

(※ 聖書に「第1部」とか書いてあるわけではなく、便宜上の付与です。)

第1部は、神ヤハウェがモーセをエジプトに遣わして、イスラエルを奴隷状態から脱出させるまで。
第2部は、神から「今、もしわたしの声に聞き従いわたしの契約を守るならば・・・あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」(19章冒頭)として、十戒をはじめとする戒律が提示されます。
第3部は、後にエルサレムに建てられる神殿のモデルとなる幕屋について、その細かい部分までの神からの指示と設営の記録です。この幕屋は神が民の中に住むことの象徴で、やがて来るキリスト(神が人となって、人の中に住む)のモデルでもあるのです。

ところで出エジプト記は、読み進めるほど、正直言って退屈になってくると思います。戒律のあたりでだんだん「何か退屈だなァ」となってきて、幕屋のあたりでは「もう読破なんていいや」なんて思ったりする。聖書を読破しようとするときに最初にぶつかる壁でもあるのです。
が、、、せっかく読み始めたのですから、がんばりましょう。

では、いよいよ読破にかかります。

奴隷となったイスラエル(1章1節~14節)

出エジプト記が記録している時代からさかのぼること300年以上むかしのこと。エジプトやパレスティナあたりを激烈な飢饉が襲ったことがありました。しかもこの飢饉は7年間も猛威を振るったのです。
しかしエジプトにだけは食料の備蓄がありました。イスラエル人ヤコブの子ヨセフが、ヤハウェからの知恵によって、ファラオに「これから7年の大豊作があり、そののちに7年の大凶作が来る」と告げていたのです。それでエジプトは、7年の大豊作のあいだに穀物を蓄えることができたのです。

その功績によりヨセフは外国人でありながら抜擢され、ファラオに次ぐ宰相となりました。そして、飢饉を避けて移住してきたヤコブの一族70人はそのままエジプトに寄留し、ヨセフに養われたのです。その移住者の名簿、ヤコブの12人の子の名前が1章冒頭に記録されています。

しかし。時は流れ、エジプトも王朝が変わり、イスラエル人ヨセフの功績を知らないファラオの時代になっていました。
その新しいファラオが国を見ると、寄留者のはずのイスラエルの人々が「子を産み、おびただしく数を増し、ますます強くなって国中に溢れ」ているではないですか。

そのイスラエルの勢力にファラオは「戦時にはこの外国人どもは敵に味方するかもしれない」と危険を感じ、力をそぐために算段をはじめました。こうしてイスラエルの民の苦難がはじまったのです。

ファラオはまず「イスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した」と記録されています。
イスラエル人にとってみれば、降ってわいたような災難。なぜ突然こんなことになったのかと思ったことでしょう。しかしこれは、はるか昔に神があらかじめ知らせていたことでもあったのです(→創世記15:13)。

ところがファラオとエジプト人の意に反して、イスラエル人は虐待されるほど人口が増えていったのです。このためエジプト人はますます彼らを酷使し、その生活を脅かし、「彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めた。」と記録されるほどの重労働を与えました。

しかし、それでもイスラエル人は増えていきました。

(本文中、たとえば「→創世記15:13」とあるのは、「創世記15章13節を参照」の意味です。書名なしに「1:1」とした場合は、原則として出エジプト記です。)

信仰によって美しく(1章15節~22節)

強制労働がそれほど効果がないのをみたファラオは、第二の策をとります。イスラエル人の二人の助産婦を呼んで、こう命じたのです。
「イスラエル人の赤ん坊が生まれたら、それが男児ならすべて殺せ」

奴隷民族民の助産婦ごときが、ファラオの命令に異を唱えられるわけもありません。どれほど悲しみながら王の前を退出したのでしょう。ところが。そののちファラオが、イスラエル人居住区であるゴシェンを見ると、男の子たちも元気に遊んでいるではないですか。
「王の命令に背くとはいい度胸だ。目に物見せてくれるわ」とばかりにあの二人の助産婦を呼び出したファラオ。しかしその尋問に、二人はしれっと答えたました。
「イスラエル人の女はエジプト人と違って丈夫なので、私たち助産婦が行く前に産んでしまうのです」

言うまでもなくこれは、二人が機転を効かせたのです。
出産を助ける助産婦が赤ん坊を殺せるものか。まして同胞の子の命を。そして職業への誇りや人道的な理由以上に、に二人は神ヤハウェを畏(おそ)れ敬う信仰の持ち主だったのです。
ヤハウェはこの二人の信仰に報いました。「神は彼女たちにも子宝を恵まれた」と記録されています。
この二人の助産婦の名前はシフラ(美しい)とプア(娘)と言いました。

二人の勇気ある行動によって、イスラエルの民はさらに勢力を大きくしていったのですが、それに比例してファラオもイスラエル人へのいらだちを強めていきました。そしてついに全国に次の布令を出したのです。

ヘブライ人に生まれた男児は、ことごとく河に投げいれよ

イスラエル人モーセが産声をあげたのは、このような危機的な状況だったのです。

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#053
作成:1999年11月22日
更新:2002年12月11日

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