創世記 第61回

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息子たちへの祝福(49章1節~28節)

いよいよ臨終を迎えるにあたり、ヤコブことイスラエル翁は息子たちを呼び寄せました。
ということになれば普通は遺言を語ることになるのでしょうが、イスラエル翁は[わたしは後の日にお前たちに起こることを語っておきたい。]と言って語り始めたのです。
この12人の息子たちから一つの国民となるまでに増えるというヤハウェの約束を信じるイスラエル翁の、息子たち(の子孫)への予言的な祝福です。

ルベン

イスラエル翁は[わたしの長子、わたしの勢い、命の力の初穂、気位が高く、力も強い。]と評価する一方、[水のように奔放で長子の誉れを失う。]と予言しました。父の側女つまり弟たちの母との過ち(創35:22)に見られる人間性のためでしょうか。
この予言は現実のものとなり、歴史書(1歴5:1)に「ルベンは長男であったが、父の寝床を汚したので、長子の権利を同じイスラエルの子ヨセフの子孫に譲らねばならなかった。」という記録があります。

シメオンとレビ

[彼らの剣は暴力の道具][彼らは怒りのままに人を殺し…]という評価は、妹をけがされたとはいえ卑劣な作戦で町一つ滅ぼした彼らの暴力性(創34章)に対するものでしょう。イスラエル翁は[彼らをイスラエルの間に散らす。]と予言しました。
この予言は、シメオンにはこのように実現しました。シメオン族は徐々に衰退し、エジプト脱出後の第一回人口調査(民1:23)では59,300人だったのが、その約40年後の第二回(民26:14)では22,200人と激減しています。やがて他部族に吸収されていったと考えられています(ユダ族にか?ヨシ19:1)。

レビには予言が、不思議なかたちで実現しました。レビ族はイスラエルの中で祭司のつとめを任され、イスラエルがカナンを征服して土地を分配したとき、部族としては領土を持たず、祭司職として各部族の中に分かれ住むことになったのです。
これはむしろ部族として名誉な結末ですね。

ユダ

ユダは四男ですが、兄弟たちのリーダーとして評価され、力と威厳あるライオンにたとえられた上[王笏(おうしゃく)はユダから離れず統治の杖は足の間から離れない]つまり永遠の王座に就くと予言されました。さらに、時がいたると諸国民がユダ族に従い、服をワインで洗濯するほど繁栄するというのです。
事実、ユダ族からはダビデ王やソロモン王が出てきたり、イスラエル王国分裂後は南王国を指してユダと呼ぶなど、最も有力な部族となります。そして王の中の王、主の中の主(黙17:14)であるキリストも、ユダ族から世に現れるのです(マ1章)。

ゼブルン

[ゼブルンは海辺に住む。そこは舟の出入りする港となりその境はシドンに及ぶ。]と予言されましたが、ゼブルン族領土は地中海に面していません。しかしフェニキア最大の港町であるシドンと近く、交易で栄えた可能性はあります。

イサカル

彼は、目の前の安楽を好んで奴隷に身を落とすと予言されました。その実現のように、イサカル族は一時的に奴隷の状態になったらしいのですが、後に盛り返したようです。

ダン

[ダンは、道端の蛇、小道のほとりに潜むマムシ。馬のかかとをかむと乗り手はあおむけに落ちる。]と予言されました。
のちにはペリシテ人の圧迫に耐えかねてイスラエル領内を民族まるごと移住する小さなダン族から、その移住の前にペリシテ軍に甚大な被害を与えた豪傑サムソンが出てきたのは、この予言が「小さくても敵には勝利する」という意味だったのでしょう。

祈り

ここでイスラエル翁は[主よ、わたしはあなたの救いを待ち望む]と唐突に祈りをささげます。ダンを蛇(狡猾の象徴でもある)にたとえたことで、イスラエルは自分がかつて父イサクと兄エサウをだましたことを思い出したのでしょうか。
あるいは、これらの予言的な遺言はヤハウェからの示唆であるがゆえの、ヤハウェへの応えとも思えます。

ガド

[ガドは略奪者に襲われる。しかし彼は、彼らのかかとを襲う。]という予言は、ガド族の領土がヨルダン側東岸つまり敵の侵略にさらされやすい土地に位置することの暗示と、その侵略に対する頼もしい抵抗を示唆するかのようです。

アシェル

[アシェルには豊かな食物があり王の食卓に美味を供える。]という予言のとおり、アシェル族は地中海岸の豊かな土地を領土とすることになります。王の食事のような豊かな食事をアシェル族は享受したでしょう。

ナフタリ

[ナフタリは解き放たれた雌鹿、美しい子鹿を産む。]との予言は、よい子孫に恵まれるという意味でしょうか。イスラエルがカナン王の支配下となった時、ナフタリ族はゼブルン族とともに戦って勝利し、イスラエルを解放します(士5章)。

ヨセフ

ヨセフへのイスラエルの言葉は、多くの言葉を用いた祝福です。
そのまま引用しますので、詩を味わうように読んでみてください。

ヨセフは実を結ぶ若木
泉のほとりの実を結ぶ若木。
その枝は石垣を越えて伸びる。
弓を射る者たちは彼に敵意を抱き
矢を放ち、追いかけてくる。
しかし、彼の弓はたるむことなく
彼の腕と手は素早く動く。
ヤコブの勇者の御手により
それによって、イスラエルの石となり牧者となった。
どうか、あなたの父の神があなたを助け
全能者によってあなたは祝福を受けるように。
上は天の祝福
下は横たわる淵の祝福
乳房と母の胎の祝福をもって。
あなたの父の祝福は
永遠の山の祝福にまさり
永久の丘の賜物にまさる。
これらの祝福がヨセフの頭の上にあり
兄弟たちから選ばれた者の頭にあるように。

ベニヤミン

ヤコブが愛したラケルの忘れ形見であることを思うと、[ベニヤミンはかみ裂く狼、朝には獲物に食らいつき、夕には奪ったものを分け合う]という予言は不思議な気もします。
しかしベニヤミン族はこの予言の通り、好戦的な部族となります。ベニヤミン族出身のサウルはイスラエル王国初代の王となり、数々の勝利をもたらしました。一方、愚かな罪を悔い改めもせず、他の11部族と戦って部族滅亡の危機に陥ることもありました(士19-21章)

これらの、12人の息子たちへの言葉は、遺言と思うとかなり奇妙、呪いの言葉さえあります。しかし、創世記の記録者はこの記事をこう結んでいます。

これらはすべて、イスラエルの部族で、その数は十二である。これは彼らの父が語り、祝福した言葉である。父は彼らを、おのおのにふさわしい祝福をもって祝福したのである。

呪いに見える言葉さえも、ヤハウェの民であるイスラエル民族たる息子たちへの祝福であるというのです。


本文中、聖書の他の箇所の引用が多くなったため、書名を略しました。もとの書名は次の通りです。

創:創世記
民:民数記
ヨシ:ヨシュア記
士:士師記
1歴:歴代誌一
マ:マタイによる福音書
黙:ヨハネの黙示録

なお、民数記の人口調査は2回とも成人男性のみのカウントです。

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2版:2003年05月20日

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