創世記 第57回

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残りの者(45章4節~15節)

涙を流しながら再会を喜ぶヨセフでしたが、兄たちのほうはあまりのできごとに、ポカンとしてしまったようです。
あるいは、生きて再会したのはいいが、あのときのことをどう謝罪すればいいのかと思っていたのかもしれません。スパイ容疑もシメオン投獄もヨセフの復讐だったのか?(兄たちのこの不安はのちのちまで消えません→50章15)

しかしヨセフは、自分を売ったことを悔やんだり責め合ったりする必要はないといいます。自分は兄たちに売られたからエジプトに来たのではなく、ヤハウェが家族より先に私だけエジプトに派遣していたのだと説明したのです。そしてヨセフは、ヤハウェの目的は[この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるため]とも言いました。

「残りの者」とは、”不信仰な民に対する神のさばき”から残り、さばきから救われ、祝福を受けてさばきの後の時代を担うという聖書の主要なテーマのひとつです。
たとえば堕落した人類が洪水で滅ぼされるとき、ノアの家族だけが残され、洪水後の世界でヤハウェの祝福を担っていきました。

我々ヤコブの一族は、飢饉で滅ぶ者の中から「残りの者」とされた。そうヨセフは理解したのです。
なぜ兄弟から売り飛ばされ、無実の罪で投獄され、夢を解く知恵を与えられ、ファラオに次ぐ者となったのか。世界を覆う激しいこの飢饉の前に、先にヨセフを遣わし、あとからヤコブの一族を招いて生きながらえさせるため(この一族が滅びては、ヤハウェのアブラハムとの契約が不履行になる)。さらにその過程で、高慢なヨセフも、無慈悲な兄たちも、偏愛する父ヤコブも、その人間性を変えられるという、創造者の壮大な計画だったのだ。
そうヨセフは悟ったのです。

だから父を早く連れてきてほしいと、兄たちに頼みます。自分が生きていること、ヤハウェが自分を全エジプトの主君とされたこと、だからためらわずに来てほしいと、父に伝えてくれ。飢饉はまだ5年続くから、ためらわずにわたしのところへ来てほしい。わたしが一族の面倒をみるから、と。

その後兄弟たちは涙を流しながら抱きしめあい、口づけを交わし、そして語り合ったと記録されています。

ヤコブ、腰を抜かす (45章16節~46章1節)

ところで、ヨセフの兄弟たちともなれば、ファラオとエジプト全国民にとっては超一級の国賓。宮廷に知らせが伝わると、ファラオも家来たちも喜んだと記録されています。そしてファラオはヨセフに、こう命じました。
「兄弟たちに、父上と家族をここへ連れてくるように言いなさい。エジプトの国の最良のものを与えるから。エジプトの国から馬車を引いていき、子供や妻たち、そして父上を乗せてくるが良い。家財道具などに未練を残さないように。エジプトの国中で最良のものが、あなたたちのものになるのだから。」

もちろん兄弟たちはファラオに従うことにして(拒む理由があったでしょうか)ヨセフも馬車と道中の食料を与えました。
このときヨセフはさらに、全員に晴れ着を与えたのですが、ベニヤミンにだけは、銀300枚と晴れ着5枚を贈りました。さらに、父ヤコブのための贈り物を積んだロバが十頭と、父と一族をエジプトに連れかえるまでの食料が用意されました。

こうして準備万端ととのいました。兄弟たちを送り出すときにヨセフは「途中で、争わないでください」と言っています。
兄たちは父に、ヨセフは獣にかみ殺されたと思い込ませていたのです。それが生きていたとあっては、父をだましていた責任のなすりあいがおきるかも、ということまでヨセフは気遣ったのでしょう。

その頃、父ヤコブは毎日のように、南西の地平線を眺めていたことでしょう。食料の買いつけは首尾よくいったか。息子たちは無事に帰ってくるのか。牢獄のシメオンは健康に生きていたか。なによりベニヤミンの安否は。。。

やがて息子たちの一団が隊商路をやってきました。ベニヤミンがいる。シメオンもいる。ほかの息子たちもそろっている。ロバは食料を満載している。
あれ?なぜ、出発するときよりロバが増えているのだろう。あのエジプト風の馬車はいったい…とヤコブが思ったときです。ラクダから飛び降りてきた息子たちが、口々に言うではないですか。
「父上!ヨセフが、父上が愛したあのヨセフが、エジプトで生きていました!しかもヨセフは今や、エジプト全国を治めているのです!」

これを聞いたヤコブの様子はこう記録されています。[父は気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったのである。]
・・・そりゃ気が遠くもなるでしょう!ヤコブにとっては、死者が生き返ったも同然です。

ヨセフの伝言を、ヤコブの子らは残らず父に伝えました。エジプトの馬車を見てようやく正気をとりもどしたヤコブは[よかった。息子ヨセフがまだ生きていたとは。わたしは行こう。死ぬ前に、どうしても会いたい。]と言うと、一家をあげてエジプトへと出発することに。

そうと決まれば、遊牧民の身軽さであっという間に移動の準備も完了。ファラオが「家財道具にも未練を残さずに」と命じていなかったとしても、イスラエル翁はそうしたことでしょう。もちろん、この飢饉のさなかに家畜を捨てては行きませんでしたが。

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2版:2003年05月20日

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