創世記 第50回

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投獄(39章1節~20節)

ヨセフを買い取った隊商は、ファラオの侍従長ポティファルに奴隷として売りました。

しかし[主がヨセフと共におられたので、彼はうまく事を運んだ]と記録されています。主はヨセフのゆえに、ポティファルの家を祝福しました。その祝福はすべての財産に及んだのです。ヤコブが伯父ラバンのもとに寄留していたとき、ヤハウェはヤコブのゆえにラバンの家を祝福し、ラバンの財産(家畜)が増えていったことを思い出します。信仰者は、ただヤハウェとともにあるだけで、周囲に幸いをもたらすことにもなるのです。
ポティファルは奴隷のヨセフにすべてをゆだね、食べるもの以外のことは何も注文をつけなかったと記録されています。(エジプト人は「外国人は食物を汚す」と考えていたらしい。参考→43:32)

しかし、奴隷であること以外は順調に思えたヨセフですが、思わぬ試練が彼を待っていました。[顔も美しく、容姿も優れていた]と記録されている母ラケルに似て、ヨセフも[顔も美しく、体つきも優れていた]と形容されています。その彼にポティファルの妻が目をつけ誘惑してきたのです。

わたしの床に入りなさいと迫る主人の妻。しかしヨセフは拒んでこう答えました。

あなたは御主人の妻ですから。わたしは、どうしてそのように大きな悪を働いて、神に罪を犯すことができましょう。

主人に対して罪になるかどうかではなく、ヤハウェに対して罪になるといっているのが興味深いです。善悪の基準を創造者に置き、「人の目があるから」を基準にはしない。つまり「バレなければいい」という考え方ができない。
もしも、父の愛情を鼻にかけていた頃のヨセフだったら、主人の信頼に調子づいてあやまちを犯したでしょうか。

しかし主人の妻はその後もヨセフに言い寄り続けました。ヨセフはひたすら彼女を避けつづけたのですが、しかしある日彼女はヨセフが仕事のために家に入るのを見計らって人払いし、ヨセフの着物をつかんで誘惑したのです。
あせったのか、ヨセフはつかまれた着物を彼女の手に残して逃げました。すると主人の妻は、思い通りにならないヨセフに逆ギレしたのか、自分が襲われたといって騒ぎ出したのです。

ヨセフと着物といえば、父ヤコブがヨセフにだけあつらえた長服の晴れ着を思い出します。あの晴れ着は兄たちの怒りを増幅させましたが、今回もヨセフの服が彼を不遇へ向かわせる引き金となりました。(しかしやがて、ヨセフはすばらしい服を手に入れることになるのですが、それはのちのお話)
ポティファルが帰宅すると、妻は、ヨセフが脱ぎ捨てていった着物を証拠として訴えました。全幅の信頼を置いたヨセフに裏切られたと思ったポティファルは怒り、監獄に放り込んだのです。

この監獄は、ファラオに対して罪を犯した者を収監するためのもので、侍従長ポティファルはその責任者だったようです。
しかし牢に入れただけというのは、奴隷に妻を寝取られ、しかもそれが信頼して家のすべてを任せた相手による裏切りだったにしては、男のメンツというものを考えても怒りが軽いような気がします。即座に首をハネてもいいくらいなのでは?

これは想像ですが、もしかしたらポティファルは、妻がヨセフを狙っていたのに気づいていて、この時も「神とともにある正しい人ヨセフがそんなことはするまい」とわかったのではないでしょうか。しかし自分が帰宅する前に、妻が「ヨセフに襲われかけた」と大声で家の者たちに言ってしまっていた。それで、「妻を狙った奴隷に何もしない腰抜け」と言われたくないので、やむを得ず処分したのではないかと思うのです。
が、ヨセフが囚人になった事実はかわりありません。さてヨセフの運命や如何に。

おまけ

ポティファルについて「侍従長のエジプト人ポティファル」と記録しています。わざわざ「エジプト人」とことわっているのは、エジプト人ではない廷臣の方が多かったのではないか、ということでヨセフの物語はヒクソス朝(紀元前18世紀頃の、異民族による王朝)の時代ではないかとも考えられます。

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2版:2003年05月19日

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