創世記 第47回

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今回から、ヤコブの子ヨセフの物語になります。というわけで、勝手に「創世記・第五部」と名づけました。

ヨセフと兄たち(37章1節~11節)

兄エサウとともに父を埋葬した後、ヤコブはカナン地方に住んでいました。ヤハウェの恵みにより財産も多く、子宝にも恵まれ、人生順風満帆、といいたいところですが、ヤコブも家庭に問題をかかえていました。

その昔、父イサクが兄エサウを、母リベカが弟ヤコブを愛するというねじれた家庭の状況により、ヤコブはエサウに命を狙われ出奔しなければならなくなりました。
今また、その状況が繰り返されようとしています。[イスラエルは、ヨセフが年寄り子であったので、どの息子よりもかわいがり、彼には裾の長い晴れ着を作ってやった。]と記録されているのです。イスラエルとはヤコブのことですが、これでは10人の兄に不平不満がたまって当然でしょう。

[年寄り子であったので]と言うだけではありません。
ヤコブことイスラエル翁には二人の妻と二人の側室から12人の息子が生まれましたが、ヨセフは2番目の妻ラケルが生んでくれた子なのです。第2夫人といっても、イスラエル翁は美しくて働き者のラケルと結婚したかったのに、岳父にだまされてラケルの姉レアと先に結婚させられたのです。二人の側室はそれぞれレアとラケルの女奴隷で、この4人の妻の中でイスラエル翁が唯一愛したラケルがやっと生んでくれたのがヨセフ、ということになります。
しかもラケルは、ヨセフの弟ベニヤミンを生んだときに、難産のために死んでいます。だからなおさら、眉目秀麗で母に生き写しのヨセフがかわいくてならないのです。

それはわかりますが、父が弟だけを愛すれば、10人の異母兄がおもしろいわけがありません。
まして[ヨセフは兄たちのことを父に告げ口した。]という記録もあります。そこへヨセフにだけ高価な晴れ着をあつらえてやったものだから、ついに兄たちが[ヨセフを憎み、穏やかに話すこともできなかった]ということになったのも仕方ないでしょう。

しかも、ヨセフは父の愛情にのぼせ、増長していったのです。
ある日のこと。ヨセフは兄たちに、自分がみた夢の話をしました。

畑でわたしたちが束を結わえていると、いきなりわたしの束が起き上がり、まっすぐに立ったのです。すると、兄さんたちの束が周りに集まって来て、わたしの束にひれ伏しました。

ヨセフの束はヨセフ自身を、兄たちの束は兄たち自身を象徴する夢です。つまりこの夢は、兄たちが弟ヨセフに臣下の礼をとる、という意味なのです。これを聞いては兄たちも[「なに、お前が我々の王になるというのか。お前が我々を支配するというのか。」兄たちは夢とその言葉のために、ヨセフをますます憎んだ。]という反応は当然でしょう。

夢のことで何をいちいち怒っているんだと思われるかもしれませんが、これは「そんな夢を見、しかも得意げに語るとは生意気な」というだけではありません。
神ヤハウェは、しばしば夢で人に神意を知らせるのです。ヨセフものちに「夢解き」によって、つまり人の夢に込められたヤハウェの計画を解明することで出世するのです。
つまり兄たちは「その夢は、自分たちがこいつの家来になるのが、創造主のお考えなのか」という危惧をいだいたのです。
何しろこの一族は、父イスラエルも兄エサウを差し置いて家を継ぎ、祖父イサクも腹違いとはいえ兄であるイシュマエルが排除されての相続という、神ヤハウェの計画あってのこととはいえ人間の目には下克上な家系なのです。父の溺愛ぶりを考えても、ヤコブがヨセフを後継ぎにしないとは言い切れません。

ところが、さすがに父も眉をひそめることが起きました。ある日ヨセフは、こんな夢を見たと自慢したのです。(本人に自慢する気がなかったとしても、兄たちには増長としか思えないでしょう)

わたしはまた夢を見ました。太陽と月と十一の星がわたしにひれ伏しているのです。

11の星が10人の兄と1人の弟なら、太陽と月は父と母でしょう。兄弟は4人の母から生まれたのですが、夢の意味としてはそれが妥当な線です(あるいは1人を残して死去していたかも。少なくともラケルは死んでいます)

さすがのイスラエル翁も、なんということを言うのかと叱りました。ですがこれは、上の子たちが怒り出す前に叱ることで場をおさめるための、イスラエル翁のポーズだったかもしれません。というのは、叱りながらもこのことを心に留め置いたと記録されているからです。

しかし父の思惑に反して、兄たちはヨセフに対する反感をつのらせ、やがて一点に集約されていきます。「ヨセフは、いなくなるべきだ」という一点に。

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2版:2003年05月19日

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