創世記 第42回

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ヤコブvsヤハウェ(32章24節~33)

その夜ヤコブは、家族からも離れて一人になっていました。そのときのことについて、奇妙なことが記録されています。

ヤコブはひとり後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。

この"何者か"については、ホセア書に[ヤコブは…力を尽くして神と争った。神の使いと争って勝ち泣いて恵みを乞(こ)うた。]とも記録されています。
これはどういう記録なのでしょう。人が天使と格闘するとは。

「男は、ひとたび外に出たら7人の敵がいる」ということを落語の枕か何かで聞いたことがあります。7人目の敵は自分自身なのだそうです。男に限らず、一番ながびいて、一番勝利しにくいのが、自分との戦いでしょう。
ヤコブも、ヤハウェに信頼してゆだねたいと思いながら、ゆだねきることができない自分、言い換えるなら自我と戦っていたのです。しかし自力でこの戦いに勝利できず、かえってエサウを恐れなければならなくなっている、そこにヤハウェがきて、ヤコブにかわってヤコブの自我と戦ったのです。

夜明けまでの長い長い格闘は、ヤコブに、自分の自我がどんなにかたくなであるかを悟らせました。そしてヤハウェがヤコブの腿を打ったとき、ヤコブの自我は砕かれたのです。
自我を砕かれたヤコブは、ヤハウェにしがみついて離さず、[泣いて恵みを乞]いました。
信仰が自我に勝利して、全身全霊でヤハウェを求めるようになったのです。

ヤハウェはこれにこたえて、ヤコブの名をイスラエルとあらためます。これは「神と争う者」と「神は支配される」の両方の意味がある名前です。
自力で立って歩くための腿を砕かれて、創造者の力で立って歩く者とされた。イスラエルという名には、そういう人間になったという意味がこめられているのです。
この故事を記念してイスラエルの子孫は、肉を食べるときに腿の関節の上にある腰の筋肉は食べない、と記録されています。

ヤコブはもう、エサウを恐れません。どうなるかはわからなくても、創造者ヤハウェがベストエンディングを用意していることは信じられるようになったからです。ヤコブは胸を張って先頭に進み、エサウとの再会に臨みます。

一方、エサウはというと。
400人をひきいてきたのはヤコブを歓迎するためだったのです。
もともとさっぱりした性格(さっぱりしすぎて失敗もしたわけですが)のエサウは、20年も怒りを引きずることなく、父の家の跡取りである弟をできる限りの陣容で出迎えに来たのです。
エサウは走りよって迎えると、ヤコブを抱きしめ口づけし、二人は20年ぶりの再会に涙で顔を濡らしたのでした。

ところでエサウは、ヤコブと会う前に、ヤコブが先行させた贈り物の群れに出会っていました。「あれは一体なんだったんだ」とたずねると、ヤコブは贈り物だと答えます。
エサウが、自分は十分に持っているからとっておきなさいというと、ヤコブは[どうか、持参しました贈り物をお納めください。神がわたしに恵みをお与えになったので、わたしは何でも持っていますから。]と、かさねてすすめました。

最初はこれらのものは、エサウの怒りをなだめるためのものでした。でも今は、創造者からの恵みを兄とわけあうためのものになっていたのです。
エサウも、そういうことであればとようやく受け取ることにしました。そして一緒に父イサクのところまで行こうと言ったのですが、ヤコブの方には幼い子供たちや多くの家畜をかかえているので、エサウの側の屈強な連中と一緒に行くのは無理と断ります。それなら自分は先に行くが、何人かを手伝いに残そう、とエサウが言うと、ヤコブはこれも辞退しました。

この間、ヤコブはエサウに対して常に低姿勢でした。自分をエサウのしもべと呼んだり、エサウをご主人様と呼んだりしています。
理屈で言えば、ヤコブが一家の長であることをエサウも受け入れているのだから、ヤコブが上位でいいはず。でももう保身のためにエサウをよいしょする必要がないことはヤコブ自身が一番理解していましたから、この腰の低さは卑屈な心からではありません。心の底からの謙遜の現われだったのです。

解説

ヤコブが天使と、本当につかみ合いの格闘をしたのかはわかりません。筆者自身は"とっくみあいをしたんだな"と解釈しますが、夜明けまでの格闘とは、ヤコブが助けを求めてヤハウェに祈りつづけていたということだ、という解釈も可能です。

というのは聖書には、抽象的な表現をするよりは具体的なものにたとえるというスタイルがあるのです。そのほうが、聖書の最初の読者である当時のイスラエル人にはわかりやすかった。
なにしろユダヤ人は、たとえば十戒で"安息日は働いてはならない"と命じられると、「働くとはどういうことか」と考えはじめて「何メートル以上歩くのは労働とする。だから安息日には何メートルまでしか歩いてはならない」という考え方をする人たちなのです。

たとえば、エデンの楽園から4本の川が流れていたと記されているますが、仮に「理想郷だった」と抽象的に表現しても、理想郷とはどういうものかという話しになる。それより(中近東のきびしい環境に生きる)彼らにとっては、「多くの大河が、金銀財宝を産出する地をうるおしていた」と書いたほうが、「ああ、すばらしいところだったのだな」と伝わるわけです。

だから「ヤコブと天使が格闘した結果、ヤコブが別人のようになった」というのは、「ああ、ヤハウェが強烈に介入したのだな」という読み方をすればそれでいいのです。実際に天使が関節技を決めたのか、本当は格闘ではなかったのか、というところまで考える必要はありません。

キリスト教では、聖書は万人にむけて書かれているとしています。でも、最初の読者であるヘブライ人にまず理解できるように書かれている、ということにも注意が必要です。
でないと、「聖書には、地球が太陽を回っているとは書いていない」などということにもなってしまうのです。

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2版:2003年05月19日

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