創世記 第39回

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ヤコブvsラバン[第2ラウンド](30章25~43節)

ラケルと結婚するために7年、だまされてさらに7年、ラバンのもとで働いたヤコブ。その期間もすぎたころ、ヤコブはラバンに、自分をカナンに帰らせてくれるようにと言い出しました。

言われたラバンは困りました。なにしろ、わずかだった家畜がヤコブが来てからは増える一方。占ってみると、ヤコブのおかげで創造者から祝福をいただいているという結果。
そこで、報酬を払うからもっと居てくれと頼みます。ヤコブとしても、家族を得たが無一文というのでは、故郷に帰りにくかったか。そこで二人は、ヤコブの報酬を次のように決めました。

こうしてヤコブは、さらにしばらくの間、ラバンの群れの世話をすることになったのです。

ヤコブがラバンの群れの世話をはじめると、ラバンは、ヤコブの報酬となる、真っ黒ではないヤギと真っ白ではない羊を自分の群れから隔離しました。少しでもヤコブの群れが増加しないようにしようと計算したのです。
これにヤコブは、かなり奇妙なことをして対抗します。家畜が発情期のころ、ポプラとアーモンドとプラタナスの若枝の皮をはいで縞にしたものを家畜にみせながら交尾させたのです。また、丈夫な個体が交尾するときにはこうしましたが、弱い個体のときには枝を見せませんでした。
この結果ヤコブは、6年後にラバンの元を去るまでのあいだに[ますます豊かになり、多くの家畜や男女の奴隷、それにらくだやろばなどを持つ]ようになっていきました。

現代科学が知らない効果が、この3種の木の枝にあるのでしょうか。それとも、何かのおまじないにすぎないのでしょうか。
私たちの知識では後者としか思えませんが、それでもヤハウェの介入によってヤコブの思惑通りになった、ということにしておきましょう。

脱出(31章1節~21節)

ところで、ヤコブの財産がふえて面白く思ないのが、ラバンの息子たちです。
ラバンは「財産が増えたこと自体、ヤコブ(の背後にいる創造者)のおかげ」とわかっていましたが、息子たちにしてみれば、たまたま父親に運が向いてきた時期に居あわせたヤコブが「父のものを全部奪い、父のものをごまかして富を築いた」としか見えません。

そんな不満を耳にしたヤコブが[ラバンの態度を見ると、確かに以前とは変わって]いたと記録されています。
何か企んでいるぞ、さてどうしよう、とヤコブが思案していると、天使がヤハウェのメッセージを届けに来たのです。いわく

ラバンのあなたに対する仕打ちは、すべてわたしには分かっている。わたしはベテルの神である。かつてあなたは、そこに記念碑を立てて油を注ぎ、わたしに誓願を立てたではないか。さあ、今すぐこの土地を出て、あなたの故郷に帰りなさい。

家族も財産もできたヤコブが故郷に帰らなかったのは、「兄エサウの怒りがとけたら、迎えをやる」という母の約束がまだだったからでしょう。
でも、往路あのベテルで「確かに神が自分とともにいる」という確信を与えられたヤコブに、「わたしは、あのときの神だ」と名乗るヤハウェが、「わたしはすべて承知している。さあ、故郷の地、わたしがあなたの父祖に約束した地へ帰れ」というのです。

そこでヤコブは故郷に向けて出発することに決め、妻たちを野原に呼び出しました。
そして、自分がラバンのために全力で働いたこと、にもかかわらずラバンは報酬をたびたび変えたこと(これをレアに言うのは嫌味だよなぁ)、しかし創造者が自分とともにおられたことを語り、そしてその創造者が「今すぐ故郷に帰れ」と告げたことを伝えたのです。

ラバンにとってのラケルとレアは、ヤコブを引き止めておくための政略結婚のようなもの。二人をヤコブに売って財産を手に入れたも同然であれば、父のもとにいても自分や子どもたちが相続する分は期待できそうにない、ということで妻たちも異議なし。
となれば、ヤコブは仕事中だったので全財産である家畜は一緒に野原にいるから、あとは妻子をラクダに乗せるだけでした。こうしてヤコブは、父イサクのいるカナンの地へ向かって、アラムの平野をあとにしたのです。ヤコブがラバンのもとに来てから20年が過ぎたときのことでした。

この時ラバンが留守だったので、ラケルは、一家の守り神の像を盗み出しました。これは一般に家の長男が受け継ぐもので、家長の権威の象徴のようなものだったようです。

少ないはずが多くなった「真っ黒でないヤギと真っ白でない羊」の群れとともにヤコブに逃げられ、しかも大事な神像が無くなっていることに気づいたラバンは、一族を率いて追跡しますが。。。

おまけ

ラバンはどのような信仰を持っていたのでしょうか。
「占い(他の訳では”まじない”)」をおこなっていたこと、守護神の像なるものを大事にしていたことから、アブラハムのような純粋な信仰ではなく、土着信仰の影響を受けていたようです。

しかし影響を受けてはいても、あいまいなままにヤハウェを信仰してはいたので、偶像崇拝するカナン人よりはマシということでイサクもヤコブもラバン家から妻を迎えたのでしょう。

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2版:2003年04月10日

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