創世記 第31回

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イサクの嫁取り[前編](24章1節~28節)

長年つれそったサライを天国に送ったアブラハム。彼のその後について、聖書は

アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。(24:1)

と記録しています。
アブラハムだって、悩みが一つもないような老境ではなかったでしょう。年金も介護保険も彼にはありません。でも彼の創造者への信頼が、

すべてこれらのことは、あなたがたのためであり、多くの人々が豊かに恵みを受け、感謝の念に満ちて神に栄光を帰すようになるためです。
だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。(*1)

という確信を与えていたのだと思います。

しもべを遣わす

でも一つだけ、アブラハムには気がかりがありました。40歳にもなる跡取り息子のイサクが、まだ独身だということです。跡取り息子にふさわしい嫁をむかえてやらなければなりません。

「ふさわしい」といっても家柄や資産のことではありません。
イサクは、アブラハムの財産だけではなく、天地の創造者ヤハウェの契約を相続するのです。アブラハムの血統は、ヤハウェの信仰を堅く守っていかなければなりません。地元の、神でもなんでもないものをおがんでいるようなカナン人から嫁をとるわけにはいかないのです。(イシュマエルがエジプト人を妻としたことと対比)。

そこでアブラハムは、全幅の信頼をおいていた番頭に、イサクの嫁を捜しに行かせることにしました。ここでは僕(しもべ)としか記されていませんが、15章でアブラハムが家督を継がせることを考えていた「ダマスコのエリエゼル」ではないかと考えられています。
というわけでこのサイトではエリエゼルさんであるとして話を進めますが、アブラハムは彼を呼んで、誓いを立てさせて派遣します。

前述の通り、カナン人をイサクの嫁にするわけにはいかない。でもカナンはヤハウェがアブラハムの子孫に与えると約束した地ですから、イサクがこの地を離れることも避けなければならない。
で、アブラハムがエリエゼルに与えた使命は、「一族の故郷の地へ行き、イサクの嫁となるべき女性を見いだし、このカナンの地へ連れてくる」というものでした。

リベカ

こうしてエリエゼルは送り出され、前回名前が出てきたアブラハムの兄弟ナホルの住む町までやってきました。
ところで、創造者との契約を継承するための嫁を探すという使命の重要性を理解しており、しかも人生経験豊富なエリエゼルは、主人の息子の嫁については最初から容姿などは考えていなかったようです。

まず彼は、夕方になってから町外れの井戸で、ふさわしい女性を捜すことにしました。水くみが女性の仕事だから、その時間にその場所にいれば、この「一族の故郷の町」の女性を見ることができると判断したためです。

ここまでは彼の知恵による判断ですが、知恵だけで決めようとはしない。”ヤハウェの民”の母となるべき女性は、ヤハウェみずから示すはずだと考えた彼は、奇妙な方針を立て創造者に祈り求めたのです。

主人アブラハムの神、主よ。わたしは今、御覧のように、泉のかたわらに立っています。この町の娘たちが水をくみに来たとき、その一人に『水を飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたのしもべイサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。

井戸といっても、日本の井戸のように、滑車に釣瓶(つるべ)がぶら下がっていてロープを操って水をくむ、というものではありません。直径が数メートルもあって、井戸の壁に階段が掘られ、大きなかめを持って底まで下りていき、水を汲んでまたあがってくるのです。

日本式の井戸の水くみも楽ではなかったでしょうが、この土地の井戸もけっこうな苦労があったでしょう。
旅人はもてなさなければならない、という社会であるとはいえ、こんな土地でやっとの思いで汲んできたばかりの水を旅人に飲ませてやれる娘というのは、慈悲の心が豊かな人ということでしょう。

加えて、エリエゼルが言わなくても自分から「らくだにも飲ませましょう」と言う娘、という条件はかなり困難です。
ラクダは”砂漠の船”と呼ばれるほど、水なしでも砂漠を旅できる動物です。逆に、飲めるときにはかなりの量の水を飲む。そんなラクダを、エリエゼルは10頭も連れていたのです。

奇妙な方針どころか、そんな娘などいるわけがないとさえ言えます。人並みに気だてがよくて優しくて、というのでは無理。
エリエゼルは無理を承知で、しかしもしそんな人があれば、その人こそヤハウェがイサクのためにそなえた女性に違いないと考えたのです。

さてヤハウェは、エリエゼルの祈りを聞いて「よしよし、かなえてやろう」といったのでしょうか。ちょっと違います。「彼が祈り終わらないうちに」求めるとおりの娘を彼に示したのです。それが、前回登場したリベカでした。

リベカはエリエゼルが祈ったとおりに、彼に水を飲ませ、ラクダに水を飲ませることを申し入れると、井戸の底の泉と家畜の水飲み用の水槽のあいだを走って往復したのです。

エリエゼルは彼女の働きを黙って見つめていましたが、ラクダが水を飲み終わると彼女に贈り物を贈りました。水の代金としては過当な、しかもイサクの嫁のために主人から預かってきたものを贈ったということは、この時点で「この娘さんをこそ、創造者が示されている」という確信に至っていたのでしょう。

はたしてその娘こそは、アブラハムの一族につながる者だったのでした。
そうと知ったエリエゼルは、まず何よりも先に、ヤハウェを礼拝して感謝の祈りをささげました。それを見たリベカは、このすごい贈り物と、礼拝をささげるエリエゼルの姿を見て、これはただごとではないと思い走って行って家の者に次第を告げたのです。

おまけ

宗教的な純潔を求めて、アブラハムはカナン人をイサクの嫁にするのを避けたわけですが、聖書には、イスラエルの民が異教徒と結婚したために、創造者から離れ堕落したことがたびたび記録されています。
あの名君と謳われるソロモン王も、政略結婚を繰り返して異教徒を妻に迎えた結果、妻たちの国の宗教にかたむき、ために死後に王国が割れることになりました。


*1 コリントの信徒への手紙2 4:15-16

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2版:2003年03月20日

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