創世記 第30回

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イサクの嫁取り[序](22章20節~24節)

アブラハムのもとに、遠方からニュースが届いたことが記録されています。アブラハムの兄弟ナホルにこどもができたというのです。

ナホルの系図も例によって男性主体に記録されていますが、例外的に、ナホルの八男ベトエルの娘としてリベカの名があります。いえむしろ、リベカの名を登場させるために、ここにナホルの系図があるのです。というのもリベカは、あとでイサクの嫁になるのです。

この二人からヤコブが生まれます。ヤコブはヤハウェから「イスラエル」という名をもらい、のちの12部族の祖となる12人の息子の父となります。そのヤコブの母リベカの出自を、ここに記録しているのです。

サラの死(23章)

しかしイサクの結婚を見ることなく、母サラはその生涯をとじました。

サラが(サライという名)で登場してきたのは11章の終りでした。そこでは「不妊の女で、子供ができなかった」などと紹介されていました。

しかし不妊ゆえの長年の屈辱は、ヤハウェによって笑いに変えられたのでした。
ハガルとのことでは見苦しい面もさらしましたが、ヘブライ人への手紙11章では、サラは「約束をなさった方は真実な方であると、信じていた」人だったと伝えられています。

アブラハム、土地を手にする

サラが死んだとき「アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。アブラハムは遺体のかたわらから立ち上がり、」と記録されています。
登場人物の心理描写については、聖書では控えめな記録が普通なのですが、ここではアブラハムがサラの遺体のかたわらで号泣していた様子が目に見えるようです。

しかしとにかく、アブラハムは故人のためにやるべきことやろうと立ち上がりました。サラのために、墓地を手に入れなければならないのです。ヤハウェの約束はまだ実現せず、遊牧民アブラハムは、自分の土地というものを持っていないのです。

アブラハムは墓地にする土地の購入をヘト人たち(=ヒッタイト人?)に持ちかけました。これに対するヘトの人たちの返事から、アブラハムがどれだけ人々から尊敬されていたかが、よくわかります。

アブラハムは「あなたは神に選ばれた方」と呼ばれているのですが、「あいつは本当に信仰者か?」といわれてしまう人も珍しくありません。(その代表が筆者だったりします)
「うん、さすが神とともにある人だ」と言ってもらえる生き方を周囲に示していくのは容易ではありませんが、アブラハムは、ヤハウェを知らないヘト人からも「彼は本物だ」と思われるような生き様をにじませていたのでしょう。

そして、よそ者のアブラハムが「墓にする土地を買いたい」などと言い出しても、ヘト人たちは「一番いいところを選んで下さい、誰も反対しませんから」とまで答えたのです。

以前、「火葬場建設反対」という張り紙や立て札で埋め尽くされた町を通ったことがあります。「不吉な」とか「縁起悪い」という文言が多かったのが印象的でしたが、実際、「あなたの家の隣の空き地を、墓にするために売って下さい」と言われて、「はい、どうぞ」と即答できる人は、そうはいないでしょう。
よそ者なのに「どうぞ」と言わせたのは、これもアブラハムの人徳というものでしょうか。

そこでアブラハムは、マクペラの洞窟について具体的に交渉を進めます。その所有者との交渉は、町の門の広場で行われました。町の門は、人が集まり相談が行われる、集会所や交易所、議会や裁判所などを兼ねる場所なのです。

ところで、洞窟と周辺の畑地の所有者エフロンは、洞窟を売るついでに畑地も売りつけようと考えていました。ヒッタイトの法律では、特定の土地の一部を売却してもその土地の税金を払い続ける義務があったからです。そして、400シェケルという高額を提示しました(他の史料によると、村まるごと売却の値段が100~1000シェケルだった)

この額をエフロンは「あなたとわたしの間で、どれほどのことでしょう」と押します。アブラハムが資産家であることもありますが「よそ者のあなたと私のあいだでの取り引きなのだから」という意味でしょう。現代の日本でも外国人のアパート探しは大変です。
これに対してアブラハムも、サラや自分と子孫のため(アブラハムやイサクもここに埋葬されます)の墓所の必要性とあわせて、400シェケルで納得しました。

こうして、この洞窟と周辺の土地は、ヘトの人々を証人としてアブラハムの所有となりました。
この契約では、土地の境界に生えている木の所有権まで明確にしています。この契約が当時の法的、社会的背景のもとに行われたことの記録です。聖書は浮世ばなれした話しではなく、人間の歴史(と、そこにかかわりを持たれる創造者)の記録なのです。

『約束の地』の意味

この、エフロンから買い取った土地だけが、アブラハムが生前に所有した唯一の地所となります。
ではヤハウェは、「土地を与える」という約束を守らなかったのでしょうか。

ヘブライ人への手紙11:8~16を、読んでみて下さい。ここでは11:15,16だけ引用します。

もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。

別の箇所には[私たちの本国(口語訳では”国籍”)は天にあります](*1)とも書いてあります。ヤハウェを信じる者は、天国が故郷であって、そこに帰るまでは、土地を持とうが持つまいが、寄留者のようなものなのです。

400シェケルをポンと出せるほど裕福になっていながら、なお遊牧を続けて墓のほかに土地を持とうとしなかったアブラハムは[約束されたもの(土地)を手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ]て、寄留者生活を続けていました。(*2)

これは、ヤハウェの約束はこの世では成就しないということではありません。カナンの地についての約束は、アブラハムの子孫に継承されていき、のちの時代に国家を建設することになります。

年表

聖書の各記事の年代については,さまざまな説が提示されていて、しかし史料不足から決定力を欠いています。このため、ここにあげるのは必ずしも確定的なものではありませんが、参考として。

紀元前2028サラの死(アブラハム137歳、サラ127歳、イサク37歳)

*1 フィリピの信徒への手紙3:20

*2 ヘブライ人への手紙11:13

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2版:2003年03月17日

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