創世記 第29回

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イサクを生け贄に(22章1節~19節)

年老いたアブラハムとサラに、25年間待ち続けた長子イサクが生まれました。
しかし!ここで、アブラハムにとってもイサクにとっても、生涯最大の事件がおきたのです。

創世記22章は、「神はアブラハムを試(ため)された」ではじまります。わざわざ「これは創造者がアブラハムに与えた試練の記録である」といっているのです。それはいったいどんな試練だったのか。

アブラハム、イサクをささげる

[あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが命じる山で彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。]

これがアブラハムに対するヤハウェの命令でした。
自分の子を殺せ、いけにえとして私にささげよ、そう命じているのです。しかも「あなたの愛する独り子」と言っています。イサクがアブラハムにとって、どんなにかけがえのないものかを承知で、ヤハウェは命じているのです。

聖書の神が「愛の神」だと言うなら、なぜこのようなことをするのか。読者が疑問に思われる以上に、アブラハムは「なぜだ」と思ったでしょう。
しかし彼はこの命令に従うことを選んだのです。

イサクは、ヤハウェがアブラハムに約束した「子孫を繁栄させる」の具体的な姿です。アブラハムは、ヤハウェが約束を破るようなことはしない、そう創造者の真実を信じた、あるいは、信じようとしたのではないでしょうか。予想もしなかったこの試練には、予想もできない解決が与えられるだろうということに一縷の希望を託して。

とはいっても、これはアブラハムにとっても簡単な決断ではありませんでした。聖書は、アブラハムの心情を直接に描写してはいませんが、記録されている彼の行動の端々に、ぎりぎりのところにある彼の心が見えます。

[次の朝早く、アブラハムは…二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。]
ただちに出発したのは、時間をおいたために迷わないため。妻に反対されたから、と言い訳しないため。。。

[遠くにその場所が見えたので、アブラハムは若者に言った。「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。」]
従者を置いていったのは、従者に制止されたからできなかった、と言い訳しないため。。。

[神が命じられた場所に着くと、アブラハムは…息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。]
イサクを縛ったのは、抵抗されたからといいわけしないため。。。

想像しすぎ?でもあまりに悲しい決断をしたからこそ、自分が後戻りすることのないように、自分自身に対して先手を打っていったのではないかと思うのです。

しかし、まさにイサクの命を奪おうと刃物を振り上げた瞬間、ヤハウェの使い、つまり天使がアブラハムを止め、ヤハウェの言葉を告げたのです。
[その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神をおそれる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。]

ヤハウェの意図

全知全能の創造者は、アブラハムをためす前から結果を知っていますから、この試練の意図はアブラハムが従うかをヤハウェが知りたかったからではありません。
とすればこの試練は、アブラハムがヤハウェに従うかを、アブラハム自身に示そうとするものだったのでしょう。そのためには、アブラハムにとって一番たいせつでかけがえのないイサクによってしか、この試練は意味を持たなかったのです。

命より大事な息子とヤハウェと、どちらを選ぶのかとアブラハムに迫り、ヤハウェを選んだときに、息子もアブラハムに残されました。生涯失敗だらけのアブラハムですが、この事件で見せた信仰によって、今も「信仰の父」とまで呼ばれているのです。

キリストもこのように弟子たちを教えました。
「あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」(*1)

信じたら御利益があるのではなく、信じたその時にすべてがもう与えられているのです。

約束の確認

この試練をくぐりぬけ、「主は備えて下さる」(*2)ということを知ったアブラハムに、天使はさらにこう告げました。

わたしはみずからにかけて誓う、と主は言われる。…あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。

記録されているヤハウェのアブラハムへの言葉は、これが最後になります。ここでもう一度、アブラハムへの最初のヤハウェの言葉を振り返ってみます。

あなたは生まれ故郷を離れて、わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。
地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。(*3)

ヤハウェが一方的に選び、アブラハムがそれに従い、約束で結ばれているのです。

解説

ヤハウェのアブラハムへの最後の言葉にある「子孫」は、約束の子イサクとその子孫であるイスラエルを指します。しかしその焦点は、アブラハムの子孫として世に現れるイエス・キリストを指しているのです。
「敵」はサタン(悪魔)を指し、「敵の門」はサタンの領域つまり罪を指します。

イエスが十字架で生け贄となることで「罪」は敗北し、イエスの復活によって「死」も敗北し、人類(諸国民)はサタンの門を離れてヤハウェの祝福へ入るのです。

おまけ

アブラハムがイサクを生け贄にしようとしたモリヤ山は、現在エルサレムがある山だとされています。
嘆きの壁の上に建つ「岩のドーム」と呼ばれる金の屋根のモスクは、イスラム教徒が「ここがアブラハムがイサクの体を横たえた岩である」としているところです。


*1 マタイ6:32-33

*2 イサクを殺すのを止めたヤハウェは、アブラハムに一匹の雄羊を与えた。アブラハムはこれをイサクの代わりに祭壇でささげ、この地を「主は備えてくださる」と名づけた。

*3 創世記12章1-3

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2版:2003年03月17日

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