創世記 第28回

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アブラハムが退場したわけではありませんが、主役は息子のイサクとなっていきます。創世記の第三部です。
アブラハムとヤハウェの契約が子へ孫へと継承されていくのを世代ごとに注目するのも、聖書を読む時のコツのひとつです。

イサクの誕生(21章1節~7節)

アブラハム100歳、妻サラが90歳にして、ヤハウェは約束したとおりに、この老夫婦に子を与えました。聖書はさらっと書いているのですが、すごいですね、これ。
聞くところによると、日本では明治時代に81歳で出産という記録があるそうですが、さらにそれを上回る卆寿での出産。たしかにヤハウェは、命を生み出す権威を持っていると思わざるを得ません。

ヤハウェがアブラハムに「あなたを大いなる国民にする」と最初に言ったのは、アブラハムが75歳の時です。それから25年。待てば待つほど老いてゆく=望みが薄くなっていく一方でしたが、ヤハウェがアブラハムを選んだゆえに、「約束されたとおり」「さきに語られたとおり」「約束されていた時期」に、すべてを実現させたのです。
アブラハムは、ヤハウェが命じたとおりに、子にイサク(笑)と名付け、ヤハウェとの契約に加わらせるために割礼を施しました。老女に子を生ませるとヤハウェに言われたとき、サラは不信仰のために苦笑しました。しかしその笑いは、母となった喜びの笑いへ、そして族長の正妻でありながら不妊であった長年の屈辱から解放された喜びの笑いへ、変えられたのです。

【注】上の段落の(笑)は、「カッコわらい」ではなく、「イサク」の意味が「笑い」であるという意味です。

女の戦い2~あとめ争い編~(8節~21節)

ところが喜びもつかの間、またドロドロした話になってきました。

正妻サラがイサクを生む前に、女奴隷ハガルが主人サラの代わりにアブラハムと交わって長男イシュマエルを生んでいるのです。これは今でいう代理母のようなもので、イサクが生まれるまではイシュマエルが、ヤハウェの約束の子として育てられていたでしょう。

かくして、サラとハガルの戦いが14年ぶりに再燃してしまいました(それとも表面化しただけ?)

サラの抗議

今も近東では3~4歳で乳離れの祝いをするそうですが、イサクが4歳だとするとイシュマエルが18歳のときのこと。
サラは、イシュマエルが「イサクをからかっているのを見て」、イシュマエルとハガルを追い出すようにとアブラハムに訴えたのです。

イシュマエルがイサクを「迫害」したとも書かれていますが(*1)、実際にイシュマエルが何をしたのかは記録されていません。「正妻サラに子が生まれても、長男はイシュマエルよ」という思いがハガルにあって、イシュマエルは何か吹きこまれていたのかも。エジプト出身のハガルには、創造者とアブラハムの約束というのが理解できなかったのかも。

しかし「イサクをからかっているのを見た」の部分は直訳するとただ「わらっているのを見た」となります。
サラが感情的なところをみると、「今のうちに跡目をはっきりしておかないと、もしものときには、幼児のイサクより、快活に笑う好青年イシュマエルが次の族長になりはしないか」とサラが心配したのではないか。(想像し過ぎ?でもサラとハガルのいさかいって、大河ドラマでよくみる話しみたいですよね)

いずれにせよサラには、イシュマエルがいること自体がおもしろくないという過剰反応があったように思えます。

神がともにおられる

アブラハムは、サラの勝手にふりまわされて悩みます。イシュマエルもかわいいわが子だし、ヤハウェが「イサクが跡継ぎ」と約束しているから、サラが心配することはないのに。

しかしヤハウェが解決を示しました。ヤハウェはアブラハムに、サラの言うとおりに追い出しても、アブラハムの子であるイシュマエルを栄えさせると告げたのです。18章20節の約束の保証です。

これによりアブラハムは、ヤハウェを信頼して、愛する我が子イシュマエルとハガルを砂漠に送り出したのでした。
やがて水が尽き、ハガルは絶望的になりますが、ヤハウェは井戸を与えて救い、その後もイシュマエルとともにいた、と記録されています。

ただ、やはり傍系というか。イシュマエルはエジプト人を妻に迎えてしまいます。母の祖国だから当たり前とも見えますが、せっかくアブラハムのゆえにヤハウェの契約に連なる身なのに、異教徒と結婚したことはヤハウェから遠ざかる結果になりかねません。イサクの嫁取りについてあとで読みますので、比較してみて下さい。

ところでイシュマエルは本家から断絶されたわけではありません。
アブラハムが死んだときはイサクとともに埋葬にあたったり、イサクの長男エサウがイシュマエルの一族から妻を迎えたりと、母たちの不仲のわりに息子たちは仲がよかったようです。

現代、イサクの子孫であるイスラエルと、イシュマエルの子孫といわれるアラブが仲が悪いのは、残念なことです。

友好条約(21章22節~34節)

さて、20章でアブラハムにひどい目にあわされた(?)ゲラルの王アビメレクが、アブラハムを訪ねてきました。
寄留者にすぎないアブラハムですが、王アビメレクは将軍を随行させたと記録されています。アブラハムは、地元の王も認めるひとかどの人物になっていたようです。

アビメレクは次のように、いわば友好条約を申し入れました。

「神は、あなたが何をしても共におられます。どうか今ここで、わたしとわたしの子孫をあざむかないと、神にかけて誓ってください。わたしが友好的だったように、あなたもこの国とわたしに友好的な態度をとってください。」

「何をしても」とは、20章のできごとを言っているのでしょうか。アビメレクに何も罪がなかったのに、自分をだましたアブラハムが神と共にあったために、自分の命と王国を危険にさらすことになったのです。二度とあんなことがあっては困ります。

アブラハムとしても、遊牧民としては地元の王と友好関係にあるのは歓迎で、双方合意でこの条約は調印されました。

おまけ

アビメレクが「神」といっているのは、彼もヤハウェを信仰していたのか?

聖書にはそのような記録はありません。
古代中近東では、条約締結などのさいには、互いの国の神を証人とする習慣があったようです。アビメレクが持ち出した神は、創造神であるヤハウェではなく、一般名詞としての神なのでしょう。

おまけ、その2

サラの90歳での出産もすごいですが、100歳でサラを身ごもらせたアブラハムもすごい。アブラハムはこのあと175歳まで生きて、妻サラの死後に再婚してまた6人の子供ができています。最後の子供が生れた時にアブラハムが何歳だったかわかりませんが、すごい生命力ですよね。

でも現代にもアブラハムにはりあうような人がいます。
現代といっても17世紀のことですが、ウイスキーの「オールド・パー」に名前を残すトーマス・パー翁は、1483年生れで1635年没。80歳で初めて結婚して一男一女をもうけ、123歳で再婚してさらに一女をもうけたそうです。

年表

聖書の各記事の年代については,さまざまな説が提示されていて、しかし史料不足から決定力を欠いています。このため、ここにあげるのは必ずしも確定的なものではありませんが、参考として。

紀元前2065イサク誕生(アブラハム100歳、サラ90歳、イシュマエル14歳)

*1 ガラテヤの信徒への手紙4:28-29

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2版:2003年04月23日

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