ロトと二人の娘はツォアルの町に逃げて、ソドムの滅亡から救われました。
ところがソドムが滅ぼされた後、ロトはさらに山中へ逃げ、洞穴に住むようになったのです。
ツォアルは、「夜が明ける頃」にソドムを出たロトが「太陽が地上に昇ったとき」にたどりつくほどの距離でした。ソドムを含む一帯が焼き尽くされたのだから、煙が立ちこめ熱風がツォアルに押し寄せたことでしょう。
だから「ここも危険かもしれない」と思っても仕方がない?
ロトが生き残ったのは、ヤハウェの一方的な憐れみのおかげです。「神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された」のです。というか力づくで引きずり出したのです。そのヤハウェが安全だというのだから、世界中でツォアルより安全な場所はない。なのにロトはヤハウェを信じるよりも、自分の不安に従うほうを選んだのです。このためにさらに悲劇が起こりました。
ロトの娘たちは、山中にいては結婚は望めないと考え、子供を産むために父を酔わせて床を共にしたのです。
欲望によってではなく、冷静な判断によって近親相姦に及んだというところに、かえって罪深さがあるように思います。この姉妹もまたソドムの影響を受けて、性交と出産という夫婦の関係にだけ許される祝福と喜びを、選択肢の一つとしてしか考えられなくなっていたのです。
姉妹のこの選択は子孫の名に残り、聖書を読む私たちにまで数千年を越えてさらされることになりました。
姉の子モアブはモアブ人の先祖。モアブとは「父より/父によって」という意味です。
妹の子ベン・アミはアンモン人の先祖。ベン・アミは「もっとも近い男性親族の子」の意味です。
アブラハムといたときは、ロトなりにヤハウェに従って生きていたでしょう。創造者に従うより自分の思いを優先したために、捕虜になり、ソドムの男たちに襲われかけ、嫁いだ娘たちと妻を失い、現代そして未来に至る汚名を背負うことになったのです。
ロトの物語はこれで終わりですが、モアブ人はイスラエルの歴史に関わり、イスラエルを堕落させたり(*1)、堕落したイスラエルをヤハウェが罰するときに用いられたり(*2)します。
ヤハウェはアブラハムのゆえに、ロトの子孫を忘れることはなく、エジプトから脱出したイスラエルがモアブを攻めることを禁じ(*3)、そしてモアブ人の女の一人を、キリストであるイエスの先祖とするのです(*4)。
さて、遊牧民アブラハムが、ゲラルという土地に来たときのこと。アブラハムは、妻サラが美貌であるために、土地の有力者が彼女を奪うため自分を殺すのではと恐れ、サラを「妹だ」と言っていました。このためにゲラルの王アビメレクがサラを後宮に召し入れるという事件が起きたのです。
つまりアブラハムは、保身のために妻に姦通の罪をおかさせようとしたのです(といっても、このときのサラの年齢は一体…)
え?前に聞いたような話しだって?
そう、アブラハムは創世記12章ではエジプトのファラオ相手に同じことをやっているのです。長いことヤハウェとつきあってきて、信仰も成長してきただろうに、晩年になって振り出しに戻るようなことをするとは。というのもこの事件は、ヤハウェに信頼するよりも自分の知恵に頼ろうとして起きたからです。
しかしヤハウェは、それでもアブラハムを愛します。ヤハウェがアブラハムを選んだのが、アブラハムの功績によるものなら、アブラハムの失敗によって切り捨てることもあったかもしれません。ですがヤハウェはただ一方的に彼を選んだのです。
そのヤハウェが前回(12章)同様、介入してくれました。アビメレクがサラを召し入れてかなり経った頃、たぶんいよいよ彼女に手を出そうとしたときでしょう。その様子がこう記録されています。
ヤハウェ 「夫のある女を召し入れたので、あなたは死ぬ」 アビメレク 「彼女が妹だと言ったのは彼なのに、正しい者を殺すのですか」 ヤハウェ 「あなたが全くやましい考えでなかったことは知っている。だからいあなたが罪を犯さないように、彼女に触れさせなかったのだ。直ちにあの人の妻を返しなさい。彼は預言者だから、あなたのために祈り、命を救ってくれるだろう。しかし、もし返さなければ、あなたもあなたの家来も皆、必ず死ぬことを覚悟せよ」
モーセの嘘のせいでこの危険な状況になったのに、モーセが神にとりなしてくれなければ、家来もろとも死をまぬがれないとは、アビメレクとしては納得いかないところだったでしょう。が、神がそう宣告している以上、選択の余地はありません。
翌朝アビメレクはアブラハムを呼び、「何の恨みがあって、わたしに大それた罪を犯させようとしたのか」と責めます。しかしアブラハムは「本当に異母兄妹なのです」などと言い訳を並べるだけ。
これではらちがあかない。アビメレクはもうとにかく預言者アブラハムに祈願してもらおうと、家畜や奴隷などをアブラハムに与え、もちろんサラは返して、領内で遊牧することを許可し(本当はとっとと出ていってほしいところでしょうが)、さらに銀1000シェケル(約11.5kg)を贈ったのです。
アブラハムがヤハウェに祈ると、ヤハウェはサラが召抱えられたときから宮廷の女たち(王妃も侍女も)を不妊にさせていたのですが、それが治ったと記録されています。もちろん死がアビメレクと家来たちを襲うこともありませんでした。
12章と20章で、なぜこうも似た事件が記録されているのか。
創世記は一人の著者が一気に執筆したのではなく、口伝などで伝えられたものを一巻にまとめたのだろう、そのとき一つの出来事が12章と20章にダブって収録されたのではないか、という説がああります。
でもたとえば12章では飢饉に追われてやむなくエジプトに向かったときのことでしたが、20章では理由は特にないらしいなど、比べるとやっぱり違う出来事のようです。
12章では、ヤハウェに従い始めたばかりで、創造者の正義の基準をよくしらなかったころの失敗の記録。20章では、ヤハウェの約束によってこの老夫婦に子が生まれるという奇跡が実現しようとする矢先にまた失敗した記録。ということのように見えるのですが、どうでしょうか。
聖書の各記事の年代については,さまざまな説が提示されていて、しかし史料不足から決定力を欠いています。このため、ここにあげるのは必ずしも確定的なものではありませんが、参考として。
| 紀元前 | ???? | ソドム滅亡(いつだったかは不明) |
| 紀元前 | ???? | サラの貞操の危機(いつだったかは不明) |
*1 申命記25:1〜
*2 士師記3:12〜
*3 申命記2:9
*4 ルツ記、マタイ1:5
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