創世記 第24回

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契約の更新(17章)

アブラム → アブラハム

アブラム99歳、サライ89歳の時、ヤハウェはアブラムに「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。」と呼びかけました。ここにふたつの注目すべきことがあります。

第一に、ヤハウェは「全能の神である。」ということ。
これからアブラムに示すことは、人間の常識では信じられないかもしれない。しかしわたしは、不可能なことがない全能者である、という宣言です。

第二に、「あなたはわたしに従って歩み、全(まった)き者となりなさい」という命令があることです。
これまでヤハウェは、一方的にアブラムに恩恵を約束してきました。アブラムには何も求められていなかったのです。

そもそも契約というのは、双方に義務が発生するのが普通ですが、なぜヤハウェは今ごろになって、アブラムが負うべき責任を言い出したのでしょう。

今、ヤハウェは子孫についての約束を果たそうとしているのです。その時が来た今、アブラムを”一人前”に扱おうとしているように思えます。
親は赤ん坊には何も要求しませんが、成長してくれば、たとえば寝る前におトイレに行ったら、ご本を読んであげるね」などの約束をするようになります。そうやって「寝る前におトイレに行く」ということを学ばせるのです。
ヤハウェに従って歩むことを学ばせる時がきたと、この24年間アブラムの信仰の成長を見てきたヤハウェは判断したのでしょう。

呼びかけに続いてヤハウェは、アブラムを多くの国民の父(先祖)にすると約束しました。そして”アブラハム”と名乗るように命じたのです。
アブラムの意味は「わが父は高められる」、アブラハムの意味は「多くの国民の父」です。ヤハウェはさらに、アブラハムを一民族の祖とするだけでなく、諸国民の父とすると言いました。これは、アブラハムの子孫によって、全人類がヤハウェの祝福に入るという約束の確認です。

割礼

ヤハウェはさらに、カナン地方すべてをアブラハムの子孫の領土とすること、ヤハウェがアブラハムの子孫の神となることを、約束しました。
これらが、ヤハウェとアブラハムの契約でのヤハウェの義務です。ではアブラハムの義務は?「ヤハウェに従う」とは、具体的に何をするのか?

日本人にはなじみのないものですが、割礼(かつれい)という風習があります。男性器の先端の包皮を切り取るというものです。この割礼を、契約の印として受けるようにと、ヤハウェはアブラハムに命じました。

割礼は、たとえばエジプトでは第6王朝(紀元前2345~2181)の時代にはすでに行われていました。現代もイスラム社会やアフリカでも行われているそうです。米国でも、衛生上の観点からこどものうちに包皮を切除するのは、珍しいことではないそうです。そして古代では、成人の儀式などとして行われていたと考えられています。

この風習を、ヤハウェは契約のしるしとして制定したのです。アブラハムに命じただけでなく、子々孫々まで、ヤハウェの契約のうちにいるためには割礼を受けるようにと命じられました。
さらにアブラハムの家の奴隷もそうせよと命じられました。アブラハムの血筋でなくても、割礼を受けて、ヤハウェとの契約に入ることができたのです。

(新約聖書の時代になるとヤハウェの契約は、肉体に割礼を受けているかではなく、心にイエス・キリストを受け入れているかという基準に定められました。外見ではなく心に施された割礼こそ割礼だとも書いてあります→ローマの信徒への手紙2:28-29)

この契約以来、割礼を受けない者は、契約から除外されることになりました。「ヤハウェなんて関係ないね」と思ったら、割礼を受けなければよいのです。
キリスト以後は、「ヤハウェなんて関係ないね」という人は、心に割礼を受けなければよい(=イエス・キリストを受け入れなければよい)、神ヤハウェとの契約に参加したい者は心に割礼を受ければよい(イエス・キリストを受け入れる)となったわけです。

人間の限界を超えるヤハウェ(15節~27節)

次にヤハウェは、サライに、名前をサラと変えるように命じ、彼女によってアブラハムに嗣子を与えるといわれました。

しかしアブラハムはこれを信じることが出来ませんでした。無理もないです。今から妊娠するなら、出産の時にはアブラハムは100歳、サラも90歳。
本当に出産したら、今だったらTV局が放っておかない。でも報道されても、誰だって何かの間違いだろうとしか思えないでしょう。信じろというほうが難しいくらいです。

理解に苦しんだアブラハムは、内心笑いながらヤハウェに聞こえないように「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか」と独り言。アブラハムのヤハウェへの信頼は限界に来てしまったのでしょうか。
それとも。唐突に理解不可能な事態になっると、どう反応していいかわからなくて意味もなく笑ってしまうことがありますよね。アブラハムは、ヤハウェを信じるがゆえに疑おうとは思わず、といってどう考えても実現するとは思えないというパニック状態なのでしょうか。

なんとか思考をたてなおそうとアブラハムは、ヤハウェがイシュマエルのことを言っているのだと理解することにしました。そう、アブラハムには、すでにヤハウェが与えた男児がいるのです。イシュマエルを産んだ女奴隷ハガルはサラの所有だから、当時の習慣ではサラが産んだと同じことなのです。

しかしヤハウェは、サラが嗣子を産むと明確に宣言し、イサクと名づけるようにと命じました。
これで、アブラハムがヤハウェの言葉を受け入れるために、解釈をする余地がなくなりました。(”解釈”はしばしば、聖書の記述を「自分が信じやすい方向、自分が理解しやすい方向」へ曲げてしまうのです)
そしてヤハウェは、アブラハムと契約を結んだように、イサクとも契約を結ぶと言います。

アブラハムの血を引く者であるイシュマエルをも、ヤハウェは祝福します。しかし正統は、奴隷の子ではなく、妻であるサラが産むイサクであると念を押したのです。
アブラハムの信仰の限界、人間の肉体の限界、常識の限界、それらすべてを越えて、ヤハウェは「全能の神」なのです。

ヤハウェとの話しが終わった後、アブラハムはさっそく、息子イシュマエルから奴隷まで、家のすべての男を集め、割礼をほどこして、ヤハウェとの契約に入りました。

年表

聖書の各記事の年代については,さまざまな説が提示されていて、しかし史料不足から決定力を欠いています。このため、ここにあげるのは必ずしも確定的なものではありませんが、参考として。

紀元前2066割礼(アブラハム99歳、イシュマエル13歳)

おまけ

TVのドキュメンタリー番組で、アフリカでこどもに割礼をするところを見たことがあります。男の子のシンボルの皮を引っ張って(この部分の皮膚はよく伸びますから)、ハサミでチョキン。見てる方が痛くなる映像でした。
ちなみにアブラハムの時代は中期青銅器時代。刃物の切れ味が悪いほど傷は痛いんですよね。

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2版:2003年03月13日

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