創世記 第23回

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イシュマエルの誕生(16章)

ヤハウェから子孫を与えると言われ、その約束を信じたアブラムですが、自身もすでに85歳。しかし信仰によって、子が与えられると確信できたアブラムには、以前のような不安はもうありません。でもアブラムは平気でも、族長の後継ぎを生めないまま老境となった妻サライの苦しみはどれほどだったでしょう。

女のたたかい

当時よくあったことのようですが、サライは自分の女奴隷ハガルにアブラムの子を産ませることを考えました。自分の所有する奴隷が産んだ子は自分の子という、代理母出産のような考え方です。
言われてみるとアブラムも「ヤハウェの約束はそうやって実現されるということだったのかも」と思い、サライのすすめを聞き、そしてハガルがみごもります。

ところがこの女奴隷は、族長の子を宿したことで、不妊の女主人に対し高慢になったようです。いわばお家騒動。サライのためにアブラムの子を産むだけのはずだったハガルが、嗣子の母として主張を始めるなら、サライの正妻としての立場はおびやかされます。

たかが自分の所有”物”である奴隷に見下げられるなど、我慢なりません。しかし一方、サライも、ハガルの胎にいるのがヤハウェの約束の実現だと考えていました。このジレンマと「自分は子を生めなかったのに」という思いがアブラムに向けられました。

[わたしが不当な目に遭ったのは、あなたのせいです。主がわたしとあなたとの間を裁かれますように]と言われては、一族の長として裁断しないわけにはいきません。
アブラムの判決は「あの女奴隷はあなたのものだ。好きにするがいい」
これで立場は逆転。ハガルはサライの仕打ちに耐えられなくなって逃亡するのです。

ハガルによって子孫を得ようとしたのは、ヤハウェの約束が実現することを期待してのことでした。それがなぜ、このような事態になってしまったのでしょう。

アブラムとサライは、ヤハウェの約束の実現を信じましたが、実現の方法をヤハウェにまかせることができなかったのです。ヤハウェの約束は必ず実現します。決して不履行に終わることはありません。しかし聖書では多くの場合、その実現がいつになるか示されていません。そういうときは、ヤハウェに期待して時を待つ姿勢が問われるのです。

天命を待つ前に人知をつくすことが悪いというのではありません。ヤハウェのことば、つまり聖書の記述を、解釈しやすい方へ解釈していってしまうことが間違いなのです。今回でいえば、老女が出産ということを信じるよりも、サライの所有奴隷が代わりに産むことだと解釈するほうが楽だったわけです。ハガルの妊娠をめぐる嘆かわしい状況は、この間違いが引き起こしたことでした。

イシュマエル誕生

さて、逃亡を続けるハガルの前に、天使が現れていいました。「サライの女奴隷ハガルよ。あなたはどこから来て、どこへ行こうとしているのか。」

サライの仕打ちから逃げてきたのに、それでも「サライの女奴隷ハガルよ」と呼びかけたのは、一見むごいようで、逃げても問題 は解決しないことに気づかせるためです。
全知全能のヤハウェが人に質問するときは、その人に答えを考えさせるためのものなのです。

「どこから来て」という問いも、ハガルに現状を認識させるためのもの。それがわかったハガルは「女主人サライのもとから」と答えました。確かに「逃げたい」と思ったけれど、妊婦の身で砂漠越えするなんていうのは、解決の方法ではないと気づいたのでしょう。
「どこへ行こうとしているのか」には答えられなかったのも、あてもなく逃げることが自分の平安にはつながらないと気づいたからかもしれません。

そこまでハガルの理解を導いた上で、天使は、サライの元に帰れと命じます。
帰ればまた虐待されるでしょう。いえ、「約束の子」を危険にさらしたといって、前よりひどい目にあうかもしれません。しかし天使はハガルに、女主人サライに今度は「従順に仕え」るようにと言うのです。ハガルが女主人を軽んじたことが発端なのだから、事態を収拾するにはそれしかありません。

天使は、冷たく現実をつきつけたわけではありません。天使がヤハウェから派遣されてきたのは、ハガルの助けを求める声をヤハウェが確かに聞いたからなのです。
天使はハガルに、産まれる子をイシュマエル(「主は聞かれる」の意味)と名付けるようにと言います。天使はさらに、ハガルの子孫を数えきれないほど多く増やす、と言いました。

ハガルの子とは別に、信じがたいことですが老女サライがアブラムの跡継ぎを生みます。そしてヤハウェとアブラムの契約はその子に継承されていきます。
しかしヤハウェは、アブラムとの約束のゆえに、ハガルによるアブラムの子をも一つの民族とする、というのです。

はたして、アブラムの直系からイスラエルの12部族が生まれるのと同様に、ハガルとアブラムの子イシュマエルからも12の部族が生まれます。(→創世記25:12-17)

天使の言葉に励まされて、ハガルはサライの元に帰っていきました。どんな過酷が待っていてもヤハウェは私をかえりみてくれるという心強さとともに。そして、やがて無事にイシュマエルを産んだのです。

ところでこの記事には、ハガルがヤハウェに祈った記録はありません。もともとエジプト出身の奴隷で、もしかするとヤハウェを知らなかったかもしれません。
出エジプトで、エジプトで奴隷として苦しんでイスラエルも、祈ることもできず、ただうめいていただけです。

孤立無援。どこにも自分を助けうるものはない。
でもヤハウェは必ず聞いています。聖書には「父(ヤハウェ)は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタイ福音書5:45)と書いてあります。信仰している者もまだ信仰を持っていない者も、ヤハウェから「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4【新改訳】)と言われるのです。
そのヤハウェに応えることを、信仰と呼びます。信じたらご利益がくるのではなくて、その逆なのです。

年表

聖書の各記事の年代については,さまざまな説が提示されていて、しかし史料不足から決定力を欠いています。このため、ここにあげるのは必ずしも確定的なものではありませんが、参考として。

紀元前2079イシュマエル誕生(アブラム86歳,サライ76歳)

おまけ

本稿では”天使”という言葉を使いました。創世記16章で「主の御使い」と訳されているところです。
10節を見ると、ハガルの子孫繁栄について御使いが「わたしは」と言って約束しているのです。ここに出てくる御使いは文字通りに『使い』つまりメッセンジャーであり、語られている言葉はヤハウェの言葉なのです。

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2版:2003年03月11日

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