創世記 第19回

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エジプトでの失敗(12章10節~20節)

パレスティナの農耕は、雨期の降水量に左右されます。まして現代のような灌漑技術もなかっただろう時代のこと。飢饉の時には、ナイル川の恵みで収穫が安定するエジプトへと、人の移動があったことは想像できます。
ましてアブラムが住んでいるネゲブという土地の地名は「乾燥した地」という意味なのです。約束の地を示され、これを与えるとの宣言をヤハウェから受けたとたん、ネゲブ地方をひどい飢饉が襲いましたが、このためアブラムは一時エジプトに避難することにしました。

ところでエジプトと言えば、世界三大美女の一人クレオパトラをのちに輩出する国ですが、そこへ向かったアブラムの心配は、妻サライの美貌でした。

ハラン出発の時点でサライは65歳だったにもかかわらず、「エジプト王がサライを後宮に入れるために、夫である私を殺すかもしれない」とアブラムに本気で心配させたのですから、そうとうに美しい上にかなり若く見えたのかも。事実、サライはファラオに召し入れられてしまいます。

しかしそうなることを予期して、アブラムはサライとは兄妹であると名乗って難を逃れました。
実はアブラムとサライは異母兄妹(→20:12)なので、ここで嘘は言っていないことになります。が、人をだますために真実を隠すことは、嘘と代わりありません。
しかもその結果アブラムは、新婦の身内ということでか、家畜や奴隷をファラオから与えられるのです。後代に『信仰の父』と呼ばれるほどの男が、保身のために妻を売って富を得、妻に姦通の罪を犯させようとするとは。

しかし不思議なことに、ヤハウェはアブラムを罰するのではなくファラオに警告を送ったのです。聖書には「主は、アブラムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせた」と記録されています。

これは想像ですが、ヤハウェはまだ自身をアブラムに顕(あらわ)したばかりであり、律法がヤハウェからイスラエルに示されるのはまだ後の時代ですから、アブラムには自分のしたことが罪であるということが、まだわからなかったのかもしれません。(後年、アブラムは同じことを繰り返してしまいます)
とするとここではヤハウェは、アブラムのしたことを黙認したというよりは、ヤハウェの善悪の基準を教えていくのはこれからにして、今はアブラムに「あなたを大いなる国民にする」と言った約束を守るために、妻サライを清いままに救出しようと動いた、と想像します。
『信仰の父』の信仰は、まだ成長を始めたばかりなのでした。

ファラオや宮廷の人々にとっては、えらく迷惑な話でした。もしかするとエジプトの先祖であるハムが父ノアにしたことの成就なのでしょうか(→9:18-28)。セムの子孫であるアブラムの子孫イスラエルは、出エジプト記でも、エジプトにえらい損害を与えるのです。

かくしてアブラムたちは、エジプトに来たときよりも物持ちになって、護衛付きで送り出され、ネゲブへ帰って行きました。

ヘブロン定着(13章)

エジプトからネゲブに帰り、さらにベテルとアイの間の、以前アブラムがヤハウェに礼拝を奉げたところまで、アブラム一行は戻ってきました。天幕(テント)に居住してはいましたが、都市から離れて遠くまで移動する遊牧民というよりは、都市と関わりながらその周囲で半遊牧的に生きていたようです。

そんな彼らですが、エジプトで財産が増えたこともあって、一族まとまっての遊牧生活の限界を越え、牧草地をめぐって身内に争いが起きてしまいました。
ただでさえ肥沃とは言えないような中東で、アブラムたちが来る以前から住んでいたカナン人たちもいるのですから、無理もありません。

これ以上みんなが一緒に住むのは無理と判断したアブラムは、ここまでともに来た甥ロトに、別れることを提案します。

ここで非常に興味深いことは、叔父であり年長者であるアブラムがロトに土地の選択権を譲ったことです。
息子同然の身内への情でしょうか。

イスラエルに旅行に行った人の、こんな話しを聞いた事があります。イスラエルは鉄道網がほとんどなく、移動の手段はもっぱら車なのですが、その旅行者は「道を走っている時に、もし呼び止められて水をわけてくれと言われても、応じてはいけない」と注意を受けたそうです。
水をわけてあげるということは、自分の水が減るということです。次の町につくまでに、車が故障してしまったら?ほかの車が通りかかるまでに水が尽きてしまったら?もしそうなったら、待つのは確実な死だけです。

そんな土地にあって、甥とはいえ他人に土地の選択権を譲り、「エデンの楽園のように、エジプトの国のように、見渡すかぎりよくうるおって」いる方をロトが選択するに任せることは、文字どおりの意味で死活問題のはず。はっきりいって無謀です。

にもかかわらずアブラムがそうすることができたのは、前回読んだ12章のヤハウェの約束を信じられたから、なのでしょう。「自分がどこにあっても、どんな厳しい土地に住んだとしても、ヤハウェは約束を破ることはしない」という信頼がなければできないことです。
はたしてヤハウェは、このアブラムが選んだ土地でアブラムの子孫を大きくすると、再度宣言されたのです。

一方ロトはというと、一見「エデンの楽園」のような低地を選んだものの、それは罪の町ソドムに近づいて行くことでもありました。
のちに、ソドムの滅亡からは逃れたものの、彼の子らは、アブラムの子孫であるイスラエルとは別の民族となっていきます。

年表

聖書の各記事の年代については,さまざまな説が提示されていて、しかし史料不足から決定力を欠いています。このため、ここにあげるのは必ずしも確定的なものではありませんが、参考として。

紀元前????エジプト第9or10王朝のとき、アブラムのエジプト滞在

おまけ

アブラムのエジプト行きと同じことが、出エジプトの物語において繰り返されます。以下を、今回のアブラムの事件とくらべてみてください。

スケールが大きくなるものの、話しの筋はいっしょです。今回のアブラムのエジプト行きは、出エジプト記の物語の予告編にもなっているかのようです。
聖書のこのような構造、つまり一つの記録が、あとから起こるより大きな出来事の伏線になっていることを、予表(よひょう:あらかじめ表わす)と言います。

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2版:2003年03月11日
更新:2009年9月30日

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