創世記 第15回

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ノアの箱船(6章5節~9章19節)

祝福(9章1節~7節)

洪水によってヤハウェは、箱舟に残った8人(ノア夫婦と3人の息子夫婦)と最低1つがいずつの動物以外、すべてを滅ぼしました。

つまり、天地創造直後にかなり近い状況になっていました。そしてヤハウェは、アダムを祝福したように、ノアと息子たちを祝福したのです。ちょっと比べてみると、

アダムへの祝福
産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。
ノアと息子たちへの祝福
産めよ、増えよ、地に満ちよ。地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。

似ているようですが、すべての生き物が人間の前に「恐れおののく」とは、ヤハウェが動物たちに、人間を支配者として認識させるという意味に取れます。

洪水で人間以外の動物たちまで滅ぼされたのは、動物たちの支配者である人間が堕落したとばっちりです。「二度とおまえたちには任せない」と言われても当然でしょう。
しかしヤハウェは、アダムには「支配者になれ」と言ったのに、ノアたちには「動物のほうから人間を支配者として認識させる」と言うのです。今度こそ頼むぞ、というヤハウェの期待が込められているようです。

創造の時点ではすべての植物を食料とせよと命じられてましたが、このときはじめて、すべての動物も、植物同様に食料とせよと命じられました。(後記”解説”参照)
のちに律法で、食べてはいけないけがれた動物が定められますが、さらに後には「口から入ったものは腹を通って出て行くだけで、人間をけがすことはない」と、またすべての動物を食べることが許可されます。

またヤハウェは、人間を殺した者は、人間でも獣でもその者の命を賠償とすると宣言しました。
その理由は、「人が神にかたどって造られたから」であると言います。

ヤハウェに似せて、ヤハウェにかたどって造られた人間を殺すのは、ヤハウェを冒涜する行為なのです。自分を殺す自殺も同様で、キリスト教が自殺に反対する理由の一つです。

逆に、人間を愛することはヤハウェを愛することに通じます。「どの戒律が一番重要か」という問いに、神キリストは次のように答えています。

「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが最も重要な第一のおきてである。第二も、これと同じように重要である。「隣人を自分のように愛しなさい。」(マタイ22:37-39)

ヤハウェを愛するのを第一としながら、人間が互いに愛し合うことも同様に重要とされているのです。他人に尽くすことは神に尽くすことでもある、とも教えています。(マタイ25:31-46)

契約(8節~19節)

ここでヤハウェは、二度と洪水によって滅ぼすことはしないという契約を、ノアたちとその子孫(つまり全人類)およびすべての生き物に提示し、締結しました。

注意するべきなのは、これはヤハウェが二度と人間を滅ぼさないというのではなく、「洪水で滅ぼすことはしない」という契約だということです。
のちに背徳の町ソドムとゴモラが火で滅ぼされましたし、世界の終末についても火による滅びであると書かれています。

この契約のしるし、つまり契約書として虹を置くと、ヤハウェは言いました。
「虹なんて、空気中の水がプリズムとなって発生する、単なる自然現象じゃないか」って? 確かにそのとおりです。でも、ほかのすべての自然現象と同じく、その仕組みをつくったのはヤハウェなのです。これ以前から虹はあったでしょうが、ヤハウェは虹の出る仕組みをこの契約の証人に定めたということです。

最後に、ノアの息子たちの名前が記されています。その名はセム、カナンの父ハム、ヤフェトです。全人類はこの3人から増えていきました。
ところが、増えていくに従ってまたしてもヤハウェへの反抗が広まっていくのです。それについては11章で読むことになります。また、ここで、ハムについて特に「カナンの父」とあるのにも理由があるのですが、それについては次回。

解説

創造された段階では草食だった人間が、ここで肉食が許されたのはなぜでしょう。いろいろな解釈が提示されています。

<<1.環境の激変による作物の減少>>

洪水によって、地球環境は激変しました。全地は水浸しになり、もはや以前のようには作物を生み出さなくなったということは考えられます。
また、以前にも紹介したとおり「上の水」というのはかなり厚い水蒸気層が存在したということではないかという解釈があります。洪水のため、有害な宇宙線から地上を守っていた水蒸気層がなくなった結果、植物の遺伝子にも影響があった可能性があります。
いずれにせよ、洪水時の環境変化による、地の実りの減少を補うために、ヤハウェは肉食を許したのではないか、という解釈です。

<<2.すでに肉食の習慣があった>>

洪水前の堕落した人間たちが、[種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。]というヤハウェのことばから逸脱して、すでに肉を食べていたのではないか、という解釈です。

人間の罪を追認するようなことを神がするのだろうかという疑問があります。しかし4節とあわせて、「どうしても肉を食べたいなら、血抜きしてからにしなさい」ということであるとも考えられます。

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2版:2003年03月08日

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