創世記 第14回

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ノアの箱船(6章5節~9章19節)

上陸(8章1節~19節)

洪水がすべての命をぬぐいさる間も、ヤハウェは箱舟の中のノア一家と動物たちを安全に守りました。

この間、小部屋にわけられた巨大な箱舟の中とはいえ、限られたスペースで、肉食動物と草食動物が共存できたのか?実はどうやら動物はすべて、もともと草食だったようです(→1章30)

だとしても、飼料の積載は十分だったのか。
ある牧師は「小さなヨットでも、太平洋横断や無寄港世界一周ができるじゃないか」と言っています。まして、箱舟のサイズは神が計算したのです。問題なし。
ただ、ある学者は「これだけの動物が長期間とじこめられていたのだから、船内の悪臭はすごかっただろう」と言っていますが。(家畜小屋や動物園の、あのにおいです)

さて、ヤハウェは箱舟の中のノア一家と動物たちのために、水を退かせ始めました。上の水と下の水のあいだにふたたび大空が現れ、水が退いて陸が現れていきます。そして、推進機関もなくただよっていた箱舟は、第七月17日にアララト山頂に乗り上げました。

そして第十月1日にようやく、山々が水面から頭を出しはじめたのです。箱舟の喫水線がどのあたりかわかりませんが、全高約13mの箱舟の船底が山頂に乗り上げてから、さらに水が引いて山頂が水面に出てくるまで、これだけの日数がかかったわけです。

さらに40日たってから、ノアはカラスとハトを飛ばしました。でもこの時は、翼を休めるところを見つけられず帰ってきます。7日後、再度ハトを飛ばしてみました。するとハトは、オリーブの葉をくわえて戻ってきたのです。標高5000m級の山の上にとまっていた箱舟ですが、ついにオリーブが生育できる標高まで水が引いたようです。

さらに7日後にもう一度ハトを飛ばすと、もうハトは戻ってきませんでした。時に、ノアが601歳の正月元日。ノアが屋根をはずして外を見てみるとはるかふもとに、海面ではなく大地が見えました。

しかしノアが箱舟から出だのは、ようやく第二月27日になってヤハウェは下船を許可してからでした。
アララト山地は今でも氷河が残り、近づくのが困難なほどの高くけわしい山です。ノアたちはもちろん、象など大型動物にとっても、足場が完全に乾かないうちは危険だったでしょう。そうでなくても、じめじめした地よりは、悪臭がただよっていても箱舟の中の方が衛生的かもしれない。地が乾く前であれば疫病の心配があるかもしれない。
何より、ヤハウェが箱舟で救うと約束したのだから、ヤハウェがよいというまで留まったほうが安全と信じたのでしょう。

待たせたヤハウェも、実に万事ぬかりなく彼らを守ったということです。
乗船したのがノアが600歳の第二月17日でしたから、まるまる1年以上が経過していました。

礼拝(20節~22節)

大地を踏みしめたノアが最初にしたのは礼拝でした。祭壇をつくって動物をささげたのです(清い動物と鳥は7ペアずつ乗船しましたし、この1年のあいだに船の中で出産もあったでしょう)

この礼拝も献け物も、律法による定めではなく自発的におこなわれました。ささげものも、アベルやカインと同じく、神への感謝のために自発的に行われたのです。

この礼拝を受けて、ヤハウェはみずからにこう言ったと記録されています。「人の罪のために、大地を呪われたものとみなすことは二度としない。人が考えることは、人という種が創造されたばかりのころから悪いのだから。」

これは滅ぼしたことを後悔しているのでも、「どうせ人間は悪なのだから、いちいち裁くのはやめよう」というのでもありません。二度と滅ぼさないとは言わず、ただ今回のように水で滅ぼすことはしないといったのです。

解説

ノアたちが礼拝をささげたとき、祭壇で「焼き尽くす献け物」をささげたとあります。新改訳では「全焼のいけにえ」、口語訳では「燔祭【ハンサイ】」(”燔”は焼く・あぶるの意)と訳されています。

ヤハウェは、このささげものを焼く香りをかいで(別に鼻があるわけではなく、ささげる人々の心を見てということ)喜ぶのです。

いけにえを祭壇でささげる方法は何種類かあるのですが、これは文字通り、祭壇の上で供物を焼き尽くしすべてを煙にして空に立ちのぼらせることで、すべてをヤハウェにささげることになります
(他のささげかたでは、民が献納したうちから祭司の取り分があります)

おまけ

箱舟が到着したアララトは、原語では山は複数形になっているので、「アララトの山々の、とある峰」というのが正しいところだと思います。現在のアルメニア地方にあるいくつかの山がそれだと言われています。

小アララトと呼ばれる山は、地元のクルド族にコウ・イ・ヌー(ノアの山)と呼ばれています。また、この山地にはナクスアナ(あるいはナキチュパン)という町がありますが、その意味は「ノアがここに来て住んだ」です。

真贋はわかりませんが「ノアの箱舟の残骸を発見」「箱舟のものと思われる、加工された木片を回収」「箱舟らしき影を人工衛星から撮影」などのニュースがときどきあります。
誰か、シュリーマンのような志しを持って調査しないものかと思いますが、ただでさえ氷河に覆われた峻険な地形の上、大アララト山で標高5000m級。しかも政治的にむずかしい地域ということで、調査隊が入るのもむずかしいそうです。

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2版:2003年03月08日

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